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建築・不動産

株式会社アキュラホーム 宮沢俊哉 | 10年で8倍の高成長を続ける 異色ハウスメーカーの「200年もつ家を日本に増やす」

株式会社アキュラホーム 代表取締役社長 宮沢俊哉
株式会社アキュラホーム 宮沢俊哉 記事サムネイル画像

押し込み販売なし女性営業も活用して高成長を続ける

驚異的に売上高を伸ばしているハウスメーカーがある。アキュラホームという会社だ。1994年以来毎年成長を続け、この10年間で約8倍、この5年間だけを見ても2007年度(2008年2月期)の229億円から、12年2月期の360億円と平均して毎年10%に及ぶ成長を続けているのだ。

デフレ下であり、リーマン・ショックや東日本大震災があったことを考えれば”驚異的”といっても過言ではないだろう

同社社長の宮沢俊哉は自社の成長について、こう語る。

「工務店のよさもハウスメーカーのよさも持っているのがウチだと思いますね。工務店としてのメリットは大手と比べて安いこと。いい人にあたれば地域密着型で面倒見もいい。しかし、品質への不安とデザインに対するイマイチ感が拭えない。ところがウチの場合、きちんとした窓口もいてハウスメーカーと同じような安心感もあり、デザインもよくて値頃感がある。それが支持され広がっていったんだと思います」

宮沢は平明に解き明かしてみせるが、その言葉の裏には、「日本一の品質、価格、サービス」を目指し続けてきた自負と矜持が強く感じられる。

そして、こうも言う。

「『あんたのところは、営業といっても女の子が出てきたり、男でも優しそうな人が出てくるね』とお客さんによく言われるんです。ハウスメーカーの人に言わせれば、”そんななまぬるいことでよくやっていける”ということになるんでしょうが、うちは、そのやり方でいいと思っています」

業界にありがちな”夜討ち朝駆け”や”押し込み”は絶対しないのがアキュラ流。同社の営業社員の女性比率は高く、13年新卒採用100人の約半数は女性だという。このことは、むしろ業界が遅れをとっているわけで、宮沢の考え方と手法のほうが時代のニーズを先取りしていると言って間違いない。

失敗と成功の連続から学んだこと

しかし、宮沢の経営は、決して順風満帆ではなかった。

宮沢は三代続く大工の出身。中学卒業後すぐに、他の親方のもとに修業に出た。だが、宮沢19歳のとき、働いていたその埼玉の工務店が倒産、親方は夜逃げしてしまう。そこで独立し、建設を創業。78年のことである。

ところがこの独立した後が大変だった。元請けの「これ位でできるだろ?」の要請にコストも考えずに従っているうち、いつしか家一軒分の赤字がでてしまう。そこで、もう下請けはやらないと決めた宮沢は、仕事の中心を営繕(リフォーム)に切り替え、有限会社都興営繕を設立。これが儲かった。当時はハウスメーカーも建てっぱなしの時代、営繕などやろうという業者がいない”落ち穂拾い”の分野だったのだ。しかもこれが功を奏した。あらゆる仕事をこなしたこの経験が後に大きく役立つことになる。

「壁を壊して天井はがして、解剖しちゃうようなもんですからね、鉄筋コンクリート、プレハブ、木造……。いろんな工法の技術、材料、構造、工法の良し悪しもわかるし、どこが傷みやすい箇所かもわかる。いろんな年代の比較までできちゃうわけです。いやいややってたことが大きな勉強になったんです」(宮沢)

そうしてほぼ1年で赤字を穴埋めできた宮沢だったが、今度は建築家と組んだ”作品づくり”に走り、数千万円にのぼる負債を抱えた。

「結局、自己満足だった」との反省を経た宮沢は、奮起し、86年に満を持し、当時価格さえ明示しない業界にあって、坪21万円(一般には坪単価30万円以上)の「M21」を発表する。これが大いに当たった。宮沢が「それまでの集大成だった」と言うように、そこには、営繕業を通じて学んだ”適正性能”、独立後必要に迫られてやりつづけてきた少しでも安くの”合理化”が活かされていた。

ところが、その後、2×4の流れに乗って輸入プレハブ住宅を手がける。結果、なんと7億円もの負債を抱えることになった。

建てる前より建てたあとが勝負の”匠の心ルネッサンス”

そこで宮沢は、日本の木造軸組み工法に立ち返ることを決意。安くて高品質な住宅を作るために合理化を突き進め、「アキュラシステム」として標準化した。単価を細かく分析し、コスト・工数を透明化し、しかも大手よりおよそ3割安の注文住宅は大反響を呼び、同社のその後の快進撃へとつながっていくのだ。

そして宮沢は、ほぼ同時進行で、全国の工務店へのアキュラシステムの供給を開始。さらにシステムを導入した地域工務店のネットワーク「ジャーブネット」も組織した。こうした、自社にとどまらない工務店全体の底上げ、革新こそが、同社の成功と同社を業界のリーダー企業へと導いた大きなポイントなのかもしれない。

「私はこう思うんですよ。家守りをして、200年もつ家を日本に増やしていきたいと」

そう語る宮沢は、「永代家守り」を標語に掲げ、ここ数年、家守り活動の体系化を推し進めている。「本当にお客さんのことを考えれば、ハードだけを提供するのでは充分ではない」という考えに立ち、建てた家の定期点検や訪問などのアフターサービスをより手厚くし、さらに無料で家のメンテナンス講座からよしずや打ち水の効用などを伝えるエコ暮らし講座まで開催している。

「ウチはハウスビルダーではありますが、暮らしを提案する”ホームビルダー”であると考えています。そしていま思い描いているのは、私が年老いたとき、ウチが建てた家に次の世代が住んでいる幸せ

引用元:CEO社長情報

記事掲載日:2013年2月

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