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日本のこれからを見据えたビジネスリーダーたちの次世代を切り開くメッセージを収録。

FILE NO.03
金融

株式会社経営戦略合同事務所 岩崎琢弥 | 先達の足跡

株式会社経営戦略合同事務所 名誉顧問 岩崎琢弥
岩崎琢弥(イワサキタクヤ)

今回は、日興証券に入社し、私にとって思い出深い出会いと別れのお話をしたいと思います。

日興証券に入社し、新宿伊勢丹に配属になった私は、日々店舗での接客や外回りを中心に業務を行っていました。

伊勢丹の1階、化粧品売り場の前に日興証券の店舗があるということもあり、客層は買い物ついでに株のことを聞きに来る奥様方など比較的富裕層で年配の女性が多く来店されていました。奥様方とお話している中で、実は大手企業の社長婦人や某政治家の婦人だということが分かり、奥様を通じて旦那さまをご紹介してもらい、そこから大きな取引を頂く事も多々ありました。

女性とは到底縁の無かった私ですが、ある日いつも通り店舗での接客業務を行っていると、派手で洒落た服装をした若い女性がカウンターに座り私に「株を購入したい」と言ってくるのです。当時には珍しい恰好をしていたので、それも驚きましたが、若い女性が株を買いにくるということに更に驚きました。

その日は、普通に仕事上のお話をして別れましたが、どうも気になるのです、当時は昭和29年の終戦後、若い女性が株を買えるほど日本の景気は良くなく、この株の購入資金は何処から出てくるのか、不思議に思いました。

次に来たときも、その洒落た服装ですぐに彼女だと分かりましたし、その時も株の購入をしたいと言ってくるので、不思議に思っていた私は、職業を尋ねました。しかし彼女は、話をはぐらかし、なかなか教えてはくれません。しかし購入の際には氏名や住所など個人情報が必要なので、その時それだけは知ることができました。

住所をみると、私の家の近所だと分かったので、何気なく彼女の家の前を通り過ぎるとそれは立派な家でした、その時私は「ああ、きっとお父さんから株の購入資金が出ているのだな」と思いました。

その後彼女が来店した時に「株を買うお金はお父さんから貰っているのかい」と聞くと彼女は少し不機嫌そうに「違います、自分で働いたお金です」と言ってくるので、一体何の仕事をしているのか改めて聞くと、そこで初めて国際電電の交換手だと教えてくれました。

当時の国際電電の交換手の給料はとてもよく、彼女の服装も含め納得することができました。しかし若い女性が周囲よりも良い給料を貰っているとはいえ、無駄使いをせず株に投資をして資金運用を考えている彼女にとても感心しました。

彼女はとても明るい性格で英語も堪能、頭もよく、何度か接客していくうちに惹かれ、いずれ付き合うようになりました。

順調に付き合いを重ねた私たちは、結婚することになりました。実は彼女は私よりも 2歳年上で姉さん女房になるわけだったのですが、当時姉さん女房は珍しく、父に驚かれた覚えがあります。

結婚してからは、仕事がより忙しく、そして楽しくなって、私はいわゆる仕事人間、妻となった彼女は仕事を辞め専業主婦となりました。

妻となっても彼女は相変わらずで、明るく忙しい私を横目に自分で新居を探し、家を買うというあまり女性がしないようなことも、積極的に行ったり、部下を家に招いて食事をしたりと幸せな結婚生活を送っていました。

私は渋谷営業所、兜町営業所、大阪支店、証券協会連合会と異動し、仕事も順調に行っていました。

そんな中、明るく健康だった妻にある日乳癌が見つかりました。

私は、入院の病院の手配をするために旧制松本高校時代の友人、当時東大医学部で医師をしていた友人に妻をお願いしました、友人も快く引き受けてくれ、信頼する友人に妻を診てもらうことになりました。

入院していても変わらず明るい彼女、私は彼女を気遣い医師に「彼女は英語とドイツ語が分かるので、言葉やカルテに気をつけて下さい」とお願いしました。

ところが可哀そうなことに癌の転移が見つかり、それがあまり症例の無い脳に見つかったのです。

なんとかしたいと思った私は、方々に病院を紹介してもらい、手を尽くしましたが、昭和50年に東大で行った手術を最後に妻は49歳で息を引き取りました。

仕事で忙しく家のことなど妻に任せっぱなしだったので、とても苦労をかけたこと、持ち前の明るい性格でいろんな人に好かれた妻、たくさんの思い出をくれた彼女にとても感謝しています。

伊勢丹営業所は私に仕事の楽しさと、彼女と出会った思い出の場所なのです。

引用元:あすなろ

記事掲載日:2011年2月

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