LEADERS FILE

日本のこれからを見据えたビジネスリーダーたちの次世代を切り開くメッセージを収録。

FILE NO.0257
環境・エネルギー

株式会社フューチャー・リレーション 古川雅純 | エネルギー業界で、新たな価値観と笑顔を創造する経営者 WBCアジアフライ級シルバーチャンピオン

株式会社フューチャー・リレーション 代表取締役社長 古川雅純

現代の日常生活や社会を支える電力エネルギーを供給する業界には、先行者達がいる。
元プロボクシングチャンピオン(※)の古川雅純氏が率いる株式会社 フューチャー・リレーションもその1社だ。
同社代表にこれまで軌跡、そして夢と志を伺った。※2016年6月10日に王座を獲得

創業から現在までの軌跡

理念に沿った行動を常に心掛けてきました。当社の経営理念は「未来のために新しい価値を提供してエネルギーと笑顔を創造します」で、「新しい価値提供」を事業の判断材料にしています。太陽光発電は、弊社が事業を始めた当初は知らない方が殆どでしたが、今では大分認知されています。このようなに新しい当たり前を創ることや、当時は非現実的でも社会に必要なものを広めていくことが、僕たちの使命です。世間では、営業職は大変でしょうという印象を持たれる方が多いかもしれません。しかしながら、大変なことや困難に挑むこと、挑戦して乗り越えることにプライドを持っています。例を挙げると、蓄電池は、現在販売数も増加していますが、僕たちが取り扱いを始めたのは、東日本大震災の直後です。当時は、蓄電池を販売している会社は殆どありませんでしたが取り扱いを即決しました。理由として、被災地なども含めて、蓄電池が世の中に必要だと確信していたからです。また、このような新しいことを始めると、他社に先駆けて先手をとれます。電力の場合も、先行的に始めてきました。今でこそ700社程のお取引先がありますが、地道に販売数を伸ばしていきました。振り返ると、新しい当たり前を創ることや、社会に必要だと考えたことは、結果として、お客様に必要だと感じていただき、現在では展開できています。僕たちの使命であり、僕たちは新しい価値という点を大切にしてきたように感じています。

あらためて考えると、社会の未来を創るために必要な価値を提供していくことへ、地道に取り組んできました。昨今では、太陽光発電も東京都で義務化を目指していると聞きましたが、僕たちのように飛び込み営業を行っている方々が、雨の日も雪の日も断られ続けながら、一戸建て住宅への営業活動に取り組んできました。その結果、ようやく認知度が高まり、現在の普及状態に繋がっていると考えます。未来を切り拓いていくのは、想像以上に大変なことですが、僕たちの役割だと強く感じています。余談ですが、蓄電池は太陽光とは利幅が異なります。太陽光の場合は、投資の回収期間を設定しますが、蓄電池は投資と回収ではありませんので、他社では太陽光の販売を強化していました。このような中でも僕たちは蓄電池を取り扱ってきました。理由は、東日本大震災を経て、蓄電池の価値を深く知り得たので、心から勧めることができるからです。現在は、他社でも蓄電池を販売するようになっていますが、僕たちのような先行者が大事だと感じます。僕たちが挑戦しつづけている理由は、代表者の僕がボクシングに復帰した時と関連するかもしれません。

少しばかり、社会人の経験をお伝えします。僕は20歳~25歳までプロボクサーでした。その頃は、チャンピオンを目指して我武者羅に取り組んでいました。寝ても覚めてもボクシング漬けの日々を過ごして、人生を懸けていましたが、チャンピオンになれませんでした。その後、飲食業を経て営業職に巡り会いました。当時の僕の心境は、お客様や会社、社会のためではなく、自分がトップセールスになりたい、ライバルに負けたくない、という想いのみで、毎月20件の成約を目標として、目標を達成し続けていました。

思い返してみると、ボクシングを引退する際、社会で頑張ることは決めていました。その理由は、プロテストの合格前からチャンピオンを目指して我武者羅に取り組んでいた時期も含めて、家族を始めとした友人、先輩や後輩、多くの方々に応援していただきました。大学まで行かせてもらいながら、急遽プロボクサーになり、アルバイト生活を家族は望んでいなかったでしょう。チャンピオンを目指していた時期も収入が少なすぎるので、友人と食事に行く場合も全て皆が支払ってくれていたので、必ず恩返ししようと決意しました。

その後、前職の営業職を経て、自社を創業してからも目標達成にこだわり続けました。業績は順調に推移していきましたが、組織づくりには苦労してきました。明確な採用基準や教育体系も設けず、勢いで進んできましたので、社員がなかなか定着しない時期が続きました。僕の経営力の低さが原因ですが、1度に15人の社員が辞めてしまい、僕ともう1名の2人だけになってしまったこともありました。地域担当制であり、担当が全員退職してしまったため、僕は多くのお客様に謝罪へ行きました。その際、お客様からは、クレームは一切なく、退職したことを残念に思う話ばかりされていました。僕の知らない、気付けなかった社員の一面を知ると同時に社員を大切にし切れなかったことや更にお客様へ役立つ会社にしなければいけないと強く思いました。

挑戦が信条

経営力を高めるために社長の僕自身が、誰よりも挑戦しなければいけないと考えました。
僕は、19歳の時に父親を亡くしました。その当時はプロボクサーになる前でしたが、父親の葬儀で「必ず、ボクシングでチャンピオンになるよ」という約束をして棺を閉じました。その後、25歳でボクシングを引退し、営業の世界に入りますが、頭には父親へ約束したことが、常に残っていました。37歳の時に、先輩が冗談で「お前やっと引退できたね」と僕に言いました。日本ランキング外のプロボクサーは37歳が定年だからです。その時に「定年で引退するのではなく、引退せずにチャンピオンになれたら、かっこいいよな」と父親への約束が、再燃しました。そして、日本でプロボクサーを続けることが難しいのであれば、海外で続ける道を選びました。事業を継続できた中で、「相手との約束を守る」ことは、最も大切だとあらためて思い、父親へ約束したことを守るために海外でプロボクシングを続けることを決断しました。経営者の立場でありながら、海外でプロボクサーの活動を続けることはとても大変でしたが、最も成長できた時期かもしれません。グループ会社の千葉電力を設立したこと、当社の新卒採用を再開したこと、フィリピンでプロボクサーとしてチャンピオンになれたことも全てこの時期です。人間は、自分で決めたことであれば、凄い力を発揮すると体感しました。

これからのフューチャー・リレーション グループの姿

一つ目は、当社の理念である「新しい価値を提供する」ことを僕や取締役が率先垂範で示していきます。現代の日本では、自分の力を100%出し切ることが求められていない風潮ですが、一生懸命に頑張ってほしいと僕は常々思っています。
当社は経営計画書に全ての想いを込めていますが、社員の未来像も記載しています。例えば、社員にどのようなに成長してもらいたいのか、そして、どのような社員・仲間を求めているのか、どのような社員と一緒に仕事をしたいのか、なども記載して、経営陣からも語り続けているので、社員皆も理解しているでしょう。

「見本・信頼・支援」が僕らのキーワードです。その上で、見本が最重要であると考えています。自分の姿を見せること。僕の場合は、誰も成し遂げたことのないボクシングへの復帰もありますが、絶対に仕事を疎かにしないことも実践してきました。ボクシングに復帰することで、仕事への集中度も増し、業績も向上させてきました。

二つ目は、グループ企業の千葉電力を上場させることです。千葉電力の上場は、当社理念の「未来のために新しい価値を提供してエネルギーと笑顔を創造します」の第一歩になると確信しています。そして、最終的には、日本の自給率を変えることです。日本は自給率が低いことや、災害時の対策にも大きな課題を抱えています。災害時に電力が無い地域が存在することや、電力供給に大分時間を要することなど、改善しなければなりません。日本のエネルギーの6-7割は、海外の天然ガスや石炭石油に依存していますので、万が一、海外から供給がなくなると生活に大きな支障をきたします。このような実態をふまえて、僕たちが、自給できる電力を世の中に供給し続けて、業界の先頭を走る企業になっていきます。

 

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