【株式会社テンポスバスターズ】上場会社で行なわれる「社長の椅子争奪戦」が培う企業家意識

代表取締役社長/平野忍

サービス・飲食

公正で厳しく宿題も目標もある「争い」

テンポスバスターズの西日本・東海エリアマネージャーだった平野忍は昨年7月、3代目社長に就任した。2代目社長は創業社長・森下篤史の実弟である森下和光だから、血縁者以外で初の社長となった。

就任の経緯は、かねてから話題を呼んでいる「社長の椅子争奪戦」での勝利である。同社は4年ごとに代表取締役社長の立候補制を取って、店長以上の役職者による投票で社長を選んでいる。平野は第3回の社長の椅子争奪戦で社長に選ばれた。

同社が昨年6月7日付けで発表した「代表者である代表取締役の異動に関するお知らせ」では、次のように通知された。

「今回の社長の椅子争奪戦の結果、現西日本・東海エリアマネージャーの平野忍が全ての候補者の中から勝利を勝ち取りましたので、新代表取締役社長として内定したしました」。

その後、定時株主総会を経て社長就任が決まったが、株主はこの経緯にどう反応したのだろうか。平野は振り返る。

「前社長が取締役として私をサポートしてくれるという安心感もあって、株主総会で私の社長就任を非常に温かい目で見てくれた」

椅子争奪戦は公正中立な社長の公選制だが、その根底にあるのは森下篤史の人材観だという。「自分の人生は自分でつくる」「何事も他のせいにしない」。このシンプルな考えが社長就任への門戸を等しく開放し、平野の社長就任はそれを証明した。

「社長の人選には既定の路線があるのだろうと思っていた社員も、私が社長になったことで、実績を上げてがんばれば誰にでも社長になれるチャンスがあると思えるようになったようだ」。

椅子争奪戦は1年をかけて実施される。立候補資格は店長以上とグループ会社の部長以上。立候補者は事務局に1年間の成果目標を提出する。営業部門なら売上目標と利益目標、人事部門なら採用人数やステップアップさせる人数、社内規定の作成などを目標に設定する。

さらに毎月、宿題を提出する。たとえば「P・F・ドラッカーの書籍を読んで自部門にどう展開して、どんな結果を出すのか。それを次月も実行するのか」「目標に対して今月は何を実行したのか。実行する方法は改善したのか」など具体的なアクションにまで踏み込んで、当月の数値実績とともに報告するのだ。

争奪戦が始まって半年が過ぎたら立候補者が経営方針を発表して、立候補者と事務局が上位者を選出。

選出された者だけが次のステップに進める。第3回の争奪戦には14人が参加して、事務局2人と計14人で上位4人を候補に選んだ。

4人は1ヵ月をかけて、より精度の高い経営方針を作成し、その方針に対して、グループ全社の社長と取締役、さらに立候補者14人で投票を行ない、候補を2人に絞る。それから2人は2カ月をかけて、社長就任後にすぐ実行できる方針を作成して、全国店長会議で発表する。ここで決選投票が行なわれ、平野は新社長に選ばれたのである。

立候補した動機は「勉強できる」

テンポスバスターズでは社長だけでなく、店長もまた立候補制で選ばれる。この制度が社員の意欲を高揚させ、新卒2年目で店長に就任した社員もいるほどだ。

立候補者は自分の業務成績や店舗への関わり方、店長として実行したいことなどをレポートにまとめて提出し、全取締役の前でプレゼンテーションを行なって合否が下される。

「その時点での実力よりも『店長をやりたい』という本人の気持ちが重視される」(平野)。

2005年に中途入社した平野もこの制度を活用して、入社6ヵ月目に早くも福岡店店長に就任した。配属された福岡店の店長が空席になった時に「手を挙げていいのかな?」と戸惑ったが、エリアマネージャーに促されて立候補し、店長に選ばれたのだ。

その後は07年サブスーパーバイザー、08年スパーバイザー、10年東海・南九州エリアマネージャー、11年西日本・東海エリアマネージャーとキャリアを積み重ねた。

そして入社9年目にエリアマネージャーから社長に昇格したのだが、社長の椅子争奪戦に立候補した動機は意外な内容だった。

「正直、社長にはなれるはずがないと思っていた。やはり段階があるだろうと。立候補した動機は、毎月の宿題で勉強できるのだから立候補しないのはもったいないと思ったことである」。

勉強を動機に立候補した平野が社長に当選することを意識し始めたのは、立候補して半年が過ぎた頃だった。毎月の宿題を提出しなければ、その時点で争奪戦から降りるルールになっているが、自分より上位の役職者が降りたのだ。

「本当に争奪戦だけで社長が選ばれるのだ。段階や既定の路線などなく、自分の動いた結果が全てである」

と認識した平野は、いよいよ本気で社長を目指し始めたという。

女性も含め毎回参加者は増える一方

現在、社長に就任した平野は、新規出店に加速をかける方針だ。現在の店舗数は直営38店、フランチャイズ6店。今年は静岡県に直営店を出店するが、グループ内の不動産会社や内装会社などを巻き込んで地方への出店を進めていく。

営業スタイルも”待ち”から”攻め”への転換を図っている最中だ。例えば飲食店経営者との人間関係を強化して、閉店情報が不動産市場に流れる前に入手し、出店希望者などとのマッチングを推進する。

これらの施策に向けて営業体制も改編し、全国で2人体制のエリアマネージャーを7人に増員する計画だ。この7人は次回の社長の椅子争奪戦に参加する有力な候補者になるかもしれない。

同社の社長任期は4年である。現社長が再選を目指して立候補することも可能だが、平野の胸中はどうだろうか。

「次回の争奪戦に立候補するかどうかは分からないが、この4年間では今進めている計画を十分に実現できないのではないだろうか。中長期の経営計画に沿って経営を進めるには、せめてあと4年は社長を務めたいという思いもある」。

社長の椅子争奪戦には閨閥や社内政治など不透明な要素が介入する余地はなく、あくまで公正中立なプロセスを辿る。それが社員の企業家意識を喚起して、第1回に6人だった立候補者は第2回に女性2人を含む10人、第3回には14人と回を重ねるごとに増えた。

社員に平等に与えられた「自分の人生は自分でつくる」というチャンスは、こうして着実に血となり肉となっているようだ。

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