社員の人間力とプログラム開発力でホットヨガスタジオを全国に直営展開
すすきののクラブ勤務時代に来店客の社長たちにノウハウを取材
キャリアチェンジを繰り返しても、たえず活躍しつづける人がいる。ポータブルスキルを持っているのだ。ポータブルスキルとは、業種・職種の境界線を越え、どんな業種・職種でも成果を出せる持ち運び可能な汎用性の高いスキルを意味する。ヨガスタジオなどを31店舗展開するライフクリエイト社長・前川彩香氏も、そのひとりである。
前川氏にプロフィールを尋ねると「独立するまできちんとしたキャリアを積んでいないのです」と答えてきた。アルバイトを転々としていたのだろうか?――いや、そうではなく、いかにも濃密な日々を送っていた。
前川氏は1978年北海道生まれ。若くして札幌市すすき野の高級クラブで働き、22歳でママのポストに就く。この間、銀座のクラブからも高額な条件でスカウトがかかるほど、綺羅星のように輝いていた。おのずと集客力やリーダーシップ、ホスピタリティー、資金繰りなど起業に必要なスキルは身についたが、前川氏はさらに踏み込んで、接客業務をビジネススクールとしても活用しつづけた。
「お客様には、北海道経済をリードする財界人から、新興企業の社長、事業を成功させたビジネスマンまでさまざまなタイプがいらっしゃいました。私はタイプ別にお客様を分類して、それぞれのタイプに適応した会話の仕方などを考えて実践していました。さらに20歳の頃には独立を考えるようになったので、接客しながら、お客様から企業経営についてヒヤリングしていたのです」(前川氏)
多業種に関わる“生きた経営学”を連夜にわたって学び、いわば実践と座学でポータブルスキルを身につけたのである。
北海道初のホットヨガスタジオでヒット社員教育が不十分なまま出店して撤退
起業したのは2006年7月、28歳のときだった。ある企業に北海道発のホットヨガスタジオの事業企画を持ち込んで、札幌市に「BELBE」オープンさせた。利用まで2週間待ちが発生し、電車で1時間をかけて通う客も現われるほど大ヒットした。早くも半年後には市内の中心街に2号店を出店したが、躓いてしまう。
社員教育が不十分なまま前川氏が2号店にかかりきりになったため、1号店で退職者が相次ぎ、残った社員も「死んだ魚のような目になって、意欲が低下していました」(前川氏)。業績にも反映し、半年も経たないうちに2店とも赤字に陥ってしまった。
社員が生き生きと働いていなければ店舗運営は成り立たない。そう判断した前川氏は、賃貸契約期間の途中だったが、違約金を覚悟して1店舗を閉め、社員教育に重点を置く方針を固めた。慧眼である。この判断は奏功し、成長を導く原動力になった。
06年にはライフクリエイトを設立して、ホットヨガスタジオ「Loive」(ロイブ)を立ち上げ、スキル教育や階層別教育だけでなくマインド教育に力を入れはじめる。ミッションに定めた「女性のココロとカラダに向きあう事業を通して、ふつうに感じていた人生がスペシャルな人生だと感じられる機会を提供する」の浸透や、自分の人生を豊かにする思考法などを教えるのだが、基本的に社外研修は行なわない。独自に作成したプログラムによって、前川氏がメインに講師を務めつづけてきた。
自己肯定感を向上させる研修で社員100%が「自分を好きになった」
マインド教育のヒントは、クラブのママを務めていた時代に得ていた。常連客の経営者に、親から受け継いだ年商50億円の企業を倒産させかかった人物がいた。ある日、その人物が大きく変わった様を、前川氏は接客しながら目の当たりにする。「ステージが上がって、コミュニケーションの取り方も変わり、人間力が大きくなったのです」。
聞けば、一般社団法人教育文化振興会(東京都品川区)の研修を受け、何のためにこの会社を経営しているのかを明確にすることを学んだという。以降、その企業は年商1000億円にまで飛躍した。
かつての常連客を思い出した前川氏は、教育文化振興会の研修を受け、山の中を歩いて自分の役割を探すなど生命の源泉に触れる手法を学び、ライフクリエイトの社内研修に応用した。社会のなかで自分の役割は何かを言語化し、役割を果たすためにライフクリエイトで何をするのか。この思考を習得させ、自己肯定感を向上させることに注力している。
「自分に自信がないと夢をもてませんし、人を信じることもできません。自己肯定感を高めれば人間力がついて、心から人を愛することもできます。当社の場合、入社1年後の社員にアンケートを取ると、100%が自分を好きになっています。当社のプログラムは理念を体感できる内容で、商品化も考えています」(前川氏)。
向こう4年間に100店舗を出店 年商100億円を達成させる計画
現在の店舗数はホットヨガスタジオ「LOIVE」(ロイブ)が北海道から九州まで直営28店舗。17年8月には「SurfFit」(サーフフィット)銀座本店、12月には渋谷店をオープンした。サーフボードの下にバランスボールが付いている専用機器を用いた体幹エクササイズによって、体幹だけを鍛えるトレーニングよりも、日常の動作に必要な体幹が鍛えられるプログラムを組んでいる。オープン半年後には入会待ちの状態になり、現在の会員数は2700名に及ぶ。
業績も好調で17年3月期に売上高16億円、経常利益1億6000万円。18年3月期にはそれぞれ24億円、3億5000万円を見込み、さらに100店舗を出店して4年後には年間売上高100億円を計画している。成長力を担保しているのはマインド研修で培った社員のヒューマンスキルに加え、プログラム開発力である。
ライフクリエイトの社員230人のうち、男性は4人にすぎない。一方、顧客は女性に限定され、多くが30~40代の独身である。しかも、ライフクリエイトにはフィットネス業界出身者がほとんど在籍していない。この社員特性がプログラム開発に寄与している。前川氏はこう説明する。
「既存のフィットネス会社がヨガスタジオを開設する場合、経営幹部の男性たちがプログラムやマーケティングを考えることが多いのですが、当社はお客様と同じ働く女性たちが考えるので、既成概念にとらわれることもなく、ピントが合うのです」
目下、ヨガ市場は拡大基調にある。セブン&アイ出版(東京都千代田区)が2017年2月に実施した調査によると、日本のヨガ市場規模は2600億円。月1回以上の実施者は約590万人、年1回の実施者は約770万人で、今後2~3年でヨガ人口は約1600万人に増加する見通しだという。ヨガを実施する場所はフィットネスクラブとヨガスタジオが60%超を占め、今後の利用者増も十分に見込める。
すでにライフクリエイトは、北海道では名の知れる企業になった。札幌商工会議所は「優れた技術やユニークな経営手法によって挑戦を続ける創業期にある起業家を表彰し、社会的評価の向上や事業拡大を応援することを目的」(札幌商工会議所ホームページ)に「北の起業家表彰制度」を設けているが、前川氏は14年に奨励賞を受賞している。これからの4年間でナショナルチェーンへのステップアップにチャレンジするが、前川氏にはもうひとつの役割がある。中学2年生の子供をもつ母として、働く女性のロールモデルとなって、社員の子育てもバックアップしていきたいという。
引用元:ベンチャータイムス
記事掲載日:2017年12月22日