創業直後に襲われたITバブルの崩壊 エンジェルとの出会いで倒産の危機を回避
20~30代の女性の半数以上が利用するサイト
20代の女性の62.2%、30代の女性の51.1%が利用している口コミサイトがある──。そう聞いたら世の男性諸氏が必ず驚くであろうサイト、それはアイスタイルが1999年12月にオープンしたコスメ情報ポータルサイト「@cosme(アットコスメ)」だ。化粧品の利用体験談や感想を商品別に読めるほか、洗顔料や化粧水など分野別の口コミ人気ランキングといった、女性なら誰でも気になる情報が満載されている。2016年1月現在、そうしたアットコスメのページを開くユニークユーザーの数は月間約1300万人に達し、サイトの会員数も340万人を突破している。
足元の業績はどうかというと、化粧品会社からの広告収入のほか、直営ショップや通販サイトでの化粧品の販売などが好調で、16年6月期は売上高134億円(前期比19.0%増)、営業利益15億円(同143.9%増)と、ともに過去最高を更新する見通しだ。そうしたアイスタイルを率いる吉松徹郎社長はコンサルティングファームのアンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)の出身で、もともと起業を目指していたのかと思いきや、「社会人になるとき、起業する気はまったくありませんでした」という。
「96年に入社したアンダーセンコンサルティングは、単純に自分がレベルアップできる場だと思い、選んだのです。ただ、同僚の松山大河さんがネットエイジを立ち上げて出資を求められたり、友人の川田尚吾さんが共同創業者として南場智子さんとディー・エヌ・エーを起業したのを見ているうちに、私自身もネットビジネスに関心を持つようになっていました。そして、そんな99年の春先に、友人で化粧品会社に勤める山田メユミが化粧品に関するメールマガジンを作る話を聞いたことをきっかけにして、化粧品の口コミサイトなら成長力のある事業になるはずだと確信したのです」
資金調達がストップして辞めていく社員
アイスタイルの創業メンバーで取締役を務める山田氏が立ち上げようとしていたのが「週刊コスメ通信」で、配信前に登録した女性が500人以上もいた。まだメルマガの黎明期にもかかわらず、それだけの希望者を集めたことに吉松社長は驚く。さっそく化粧品の市場を調べてみると、広告宣伝費に年間3400億円も充てられていることがわかった。「そのうち1%を取れたら34億円になります。そこで『コスメ』でドメンインをチェックをすると、意外にも使われておらず、すぐに『コスメ・ドット・ネット』を登録しました」と語る吉松社長は、ゴールデンウィークの連休を使って事業計画書を一気に書き上げ、ゴールデンウィーク明けには上司へ辞意を伝えた。
そして7月に資本金300万円の有限会社としてアイスタイルを創業し、12月にアットコスメをオープンさせたのだ。さらに翌年1月にベンチャーキャピタルから3000万円の資金を調達し、社員も増やして「さあ、これから」というとき、なんと逆風が吹き始める。ITバブルの崩壊が始まったのだ。「それまで1億円なら1週間で用意しますよといっていたベンチャーキャピタルが、手のひらを返すように『キャッシュがあるうちに会社を整理しましょうよ』といってきました」と、吉松社長は振り返る。
サーバーなどへの投資で5月に計画していた3億円の資金調達も消し飛んだ。00年6月期の売上高はわずか94万円。給料の支払いもままならぬような厳しい状況の中、。ありとあらゆる金策の行脚を続けるようになっていた吉松社長は、知人から九州にいる投資家を紹介され、山田氏と2人で訪ねた。
「お会いした投資家の方から『何をやるんだ』と聞かれ、『化粧品の情報をユーザーに提供したいのです』と答えると、今度は『どうやって』と尋ねてこられました。『インターネットを使ってです』と答えると、しばらくしてまた『何をやるんだ』と聞いてこられます。そして、あらかじめ用意していた資料を一度も開くことなく、そうした禅問答のような話しがお昼過ぎから深夜まで続いた後、投資家の方は『わかった』と一言いって、9975万円の小切手を渡してくれました。条件は一切なしで、本物のエンジェルはこういう人なのだと心の底から思いました」
最大手の資生堂に営業の照準を合わせたワケ
個人投資家からの資金調達でアイスタイルが息を吹き返すのと同時に、吉松徹郎社長は化粧品会社への広告営業に本腰を入れて取り組み始める。「それまではアットコスメの立ち上げや、そのコンテンツの拡充など、ビジネスモデルの構築を先行させていました。たとえ赤字になっても、資金調達のメドがいくらでもついたからです。しかし、ITバブルが崩壊して、自分たちの力で立っていくことが求められました。そこで狙いを定めたのが、最大手の化粧品会社である資生堂だったのです」と吉松社長は語る。
当時、まだ野のものとも山のものともわからない口コミサイトへの広告の出稿には、どの化粧品会社も慎重だった。だが、難攻の業界トップを落とせば、他社も「それなら当社も」と、こぞって賛同する可能性が高い。アットコスメのビジネスモデルを盤石なものにするのには、そうすることがベストのプロセスと吉松社長は判断したのだ。そして何度も粘り強く資生堂へ説明に通うなか、1人の担当者が理解を示してくれ、取引がはじまった。「その結果、いまでは国内のほぼすべての化粧品会社と、何らかの取り引きがあります」と吉松社長は話す。
ただし、ユーザーの口コミサイトとなると、クライアントである化粧品会社にとっていい評価だけが集まるとは限らない。そこで吉松社長は「たとえ低い評価であっても、それはユーザーの期待値に届いていないことの表れです。目をそむけるのではなく、むしろ評価を高めて売れる化粧品に育て上げるのに役立ててください」と説得して回った。その一方で、意図的な悪口や不審な投稿はしっかりと監視をし、削除した。そうやって口コミというマーケティング情報をベースに化粧品市場そのものを変革していく、ユーザーとクライアントの双方にとってメリットのあるサイトしてのポジションを確かなものにしてきた。それゆえ吉松社長はアイスタイルを「マーケットデザインカンパニー」と標榜しているのだ。
さらに、そうした考えを一歩前進させたのが、07年3月のルミネエスト新宿での直営店舗「@cosume store(アットコスメストア)」のオープンだ。当初は「いままで小売の経験もないのに、化粧品販売の世界を甘く見ているのではないか」など、周囲から猛反発を受けた。しかし、吉松社長は「アットコスメでの評価と化粧品売り場の棚割りが必ずしも一致しない状況がありました。それであれば、ユーザーの声を反映した化粧品店を自ら作り、実際に売れることを証明したかったのです」と語る。売り場面積70坪ほどの同店だったが、現在では年商10億円以上を稼ぎ出し、化粧品専門店で日本一売れる店舗に踊り出た。いまでは直営で8店舗を展開して、収益の大きな柱になっている。
競合をつくらない環境の整備を重視
アイスタイルは08年2月にヤフーとの資本・業務提携を強化しているが、これは化粧品のレビューにヤフーが力を入れることを察知した吉松社長の〝弱者の戦法〟によるものである。「競合と戦う武器を新たに揃えることよりも、競合をつくらない環境を整えることの方が重要です。当社のデータベースをヤフーに活用してもらえれば、向こうも余分な投資が省けるうえに、クライアント各社も窓口が一本化されて都合がいい。近江商人のいう〝三方よし〟というわけです」と吉松社長は笑みを浮かべながら話す。
その吉松社長がいま力を入れているのが、昨年10月に発表した「ビューティプラットフォーム構想」のなかの「BID」の展開だ。これは「BeautyID」の略語で、美容事業者や専門家などに与えられるIDのこと。それを取得した事業者はアイスタイルのプラットホームで自ら情報を発信できるほか、顧客とコミュニケーションをとったり、業務管理もできるようになっていく予定だ。結果、アイスタイルの事業の裾野も一気に拡大していくわけだ。また、生活インフラが整い、女性の社会進出が進んでいる、中国やフィリピンなどのアジア新興国での事業展開にも力を注いでいて、「美容先進国であり、高品質のブランドを持つ日本の化粧品の強みが存分に発揮されていくでしょう」と吉松社長は期待を寄せる。
そして最後に、12年3月に東証マザーズ市場でIPOを実現し、同年11月に早くも東証1部への上場を達成した吉松社長は、起業を目指す後輩にたちに向けて、「ルールメーカになるチャンスが増えています。目先の小さな利益を追うのではなく、市場の仕組みを変えるような大きな発想を持っていただきたい。そうすれば、いくらでもチャンスがあることに気づくはずです。そして、IPOにも果敢に挑戦していってほしいと思います」との力強い言葉を贈ってくれた。
interviewer
引用元:ベンチャータイムス
記事掲載日:2016年4月22日