M&Aの成功に最も重要なファクターは「よく練られた統合計画」
人生最悪の日は、PwCがIBMに買収されるとわかった日。
しかし、その後の10年間は私にとって人生最良の日々。
自分の勤め先の会社が買収をされ、その後に新しく生まれ変わった会社の成長を支えて経営陣にまで登りつめた経験を持つM&Aのアドバイザリーが目の前にいたら──。
「M&Aをしたものの、想定したようなシナジー効果が本当に出せるのか」と不安に感じている経営者であれば、きっと話を聞いてみたいと思うはずだ。
実は、そんな人物がいる。独立系M&AアドバイザリーファームのGCAサヴィアンの金巻龍一マネージングディレクターがその人で、もともとプライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(2001年にPwCコンサルティングへ社名変更)で戦略コンサルティングを推進する中心メンバーだった。
そのPwCが新社名「Monday」でニューヨーク証券取引所へ上場する直前の02年7月31日、IBMによる買収が急遽発表される。
「ちょうど〝打倒IBM〟の戦略を練っている最中で、青天の霹靂のような出来事でした。呼び出された倉重英樹会長の前で不満げな顔をしていると、『おまえより複雑な感情を持った人間はいるんだ』と諭されました。
倉重会長は日本IBMの元副社長で、日本IBMの急成長を支えた人物でした。自分がかつていた会社に買収されることになったわけです。そして私は、約2500人のコンサルタントを抱えていたPwC側の企業統合のリーダー役を倉重会長から命じられました。今でも、あの日が人生最悪の日です。」
そう話す金巻さんは必ずしも納得したわけではなかったが、その直後に信じられない光景に出くわす。人事コンサルティングを担当していた当時30代の最年少のパートナーが、買収元である日本IBMの人事部長に抜擢されたのだ。
ハードメーカーからITサービス業になり、そして今度はビジネスサービスへの変革を行おうとするIBM側の〝本気度〟を肌で感じとった金巻さんは、持てる能力を余すところなく企業統合に注ぎ込むことを決意する。統合後、つぎに着手した大仕事は「パソコン事業(シンクパッド)の中国レノボ社への売却」だった。
そのときに開発した「PMI(Post Merger Integration)」の手法を活用して10年もの間に20件を超える企業統合を成功に導いた。また、12年の退職時は日本IBMの常務執行役員に就いていた。
きっと、いま出て来た「PMI」という言葉を初めて目にした人が少なからずいるはずだ。一言でいうのなら「買収後の企業統合」のこと。さらに具体的にいうのなら、M&Aによるシナジー効果を確実なものにするために、抽出された企業統合の阻害要因を解消していく「統合マネジメント」となる。
「PMIと聞くと、M&Aの後続作業だと思う人が多いのですが、実は、まったく新しい会社を一から作り上げるのと同じことです。前職では、戦略コンサルタントとして、既存企業の経営戦略の策定に携わってきましたが、スケールと責任の大きさは、従来の比ではありません」。
M&Aの成功に最も重要なファクターは「よく練られた統合計画」
米国企業やプライベートエクイティ、投資銀行を含むM&Aのエキスパートを対象にした調査によると、M&Aの成功に最も重要なファクターとして「よく練られた統合計画」をあげた人が全体の38%を占め、「正確なバリュエーション・買収価格」の29%を大きく上回り、トップに踊り出ている。
その一方で、日本企業の関係者にクロスボーダーのM&Aが失敗に終わった原因を尋ねた結果を見ると、「PMIに関する知識やスキルの不足」をあげる人が全体の54%も占める。こうしたデータを目にすると、PMIに対する関心が自ずと高まってくるだろう。
「日本企業のM&Aは経営企画をはじめとするコーポレート主体で進められ、最終合意に近くなった段階で事業側にバトンタッチするケースが多いようです。しかし、それだとコーポレートと事業サイドの間に『死の谷』が生まれ、それがシナジー享受に向けての大ブレーキとなります。そこからPMIではもう遅すぎるわけで、最終合意前のデューデリジェンスの段階あたりから始めるべきです。そして何よりも重要なのは、様々な部門の人たちが共通の言葉と手順で作業が行えるようにするための方法論やツール類の標準化です」
このように語る金巻さんが開発してきたPMIの代表的な手法をいくつか紹介しよう。「BEV」と呼ばれるフレームワークがある。正式名称は「Bird’s Eye View(業務プロセス鳥瞰図)」。横軸に「研究開発」「製造」「販売」などの業務機能の流れ、縦軸には「計画」「コントロール」「実行」といったプロセス特性を並べ、そこでできたマトリクスに具体的な業務機能を落とし込んでいく。
買収側、被買収側の双方がお互いのBEVを前にして、「ここの業務を切り離して相手側に統合するとどうなるか」などと指差ししながら議論することで、効率よく、それも漏れのない統合後の姿を描けるようになる。何よりも、この作業で両社の心理的な距離が一気に縮まる。
相対する感情を、変革へのエネルギーとして活用する。
また、企業統合の大きな阻害要因となるのが「感情」である。どうしても買収側には「買ってやった」という気持ちが、一方の被買収側には「どれほどの力があるのか」という反発心が底辺でくすぶってしまう。その相対する感情を解消して、企業統合のプロジェクトを一気に押し進めるPMIの手法に「ファンクションミラーリング」による組織編制と、企業全体としての整合性をとりながらシナジー効果をアップさせていく「プログラムマネジメント」の導入がある。
「二つの会社がテーブルを挟んで右と左で会議をしているうちは、対立感情は解消しません。『会社 vs会社』の構図が色濃く、『弱みを見せたら負け』という雰囲気になりがちです。でも、両社の『製造』『販売』など、同じ業務を担当する人間同士をミラーリングして、別々の場所でそれぞれが会話をはじめると、すぐにお互いを認め合い、『実はさ、ウチの会社の悪いところはね……』と本音ベースで課題を出し合うようになってきます」
そのミラーリングしたパートナー同士が、課題を出し合い「プロジェクト」となる。これらのプロジェクトの集合体を「プログラム」として統合的に作業を管理する。その際、各プロジェクトに〝横串〟を通し、組織間の最適化を追求する役割を担うのが「PMO(Program Management Office)」だ。統合スケジュールの管理、問題発見と解決、部門間意見調整、コミュニケーションなどの機能を担いながら、シナジーの最大化を図っていく。
金巻さんがPMIを進めるのに当って特に重視しているのが「スピード」で、基本的に3カ月以内の完了を目指すそうだ。
「時間に余裕を与えると、組織の底辺にある感情が悪い方向に向かいます。PMIに参画するメンバーが会社というよりも、出身組織の利害をどうしても気にしはじめてしまい、シナジー創出の大ブレーキになります」と金巻さんは話す。「時間がないから、皆さんが一丸となり本気を出すわけです」。
M&Aの成功は、一人ひとりの社員が『自分事』として捉えられるか
M&Aを成功に導くことができるかどうかの分かれ目が何かを金巻さんに問うと、「一人ひとりの社員が『自分事』として捉えられるようPMI作業が設計されているかです」との答えが返ってきた。資本形態の議論に終始し、「なぜこのM&Aが必要か」の議論が見えず、社員にしてみたら他人事にしか思えないようなM&Aが少なくないことを金巻さんは残念に思っている。「これでは、そのときは成功でも、それは未来に続きません」。
そうなってしまう理由の一つとして金巻さんは「企業の成長戦略から継続的なシナジーまでを一貫してサポートするM&Aアドバイザリーファームがなかったことが影響しているのではないか」という。そこで14年にGCAサヴィアンに入社した金巻さんは、PMIに関するスキル整備に着手すると同時に、M&Aの前段階である「成長戦略」立案のためのサービスを立ち上げ、GCAサヴィアンのサービスの総合化を推進した。今は、成長戦略の立案に関する引き合いが特に多いという。
M&Aアドバイザリーとコンサルタントは、長年、水と油と言われてきた。しかし、この組合せこそが、顧客である企業の株主価値だけでなく、顧客価値、従業員価値の向上を含む本当の意味での企業価値向上を実現できる。
「私にとって人生最悪の日は、PwCがIBMに買収されるとわかった日です。しかし、その後の10年間は私にとって人生最良の日々となりました。これこそが企業統合の最もよい事例だと思います。そして、そこで培ったPMIの手法やノウハウを惜しむことなくGCAサヴィアンのなかでオープンにして全員で共有していきたい。そうすることで世界トップクラスの日本企業を創出し、そこに関わる全てのメンバーが自己実現の喜びを享受できるようサポートできればと考えています」
一部の日本企業のなかにはM&Aの経験を積み重ねることで、デューデリジェンス、バリュエーションなどのスキルを身に付けてきたところが現れ始めているといわれる。当然そうなってくると、各々のM&Aアドバイザリーファームに求められることも変化していく。「GCAサヴィアンは、他のファームが躊躇するような難しいM&Aを進んで遂行しここまでになりました。今度の取り組みも今まで同様すぐに乗り切るでしょう」。
GCAサヴィアンのPMIに対する取り組みは新しい時代のM&Aアドバイザリーのモデルの一つになるのではないか。
引用元:M&Aタイムス
記事掲載日:2015年4月6日