世界の超人気ブランド爪切りの秘密はヨソの基準をはるかに超えた「手の仕事」
ブランディングとは信頼
よいものであることの確認の積み重ね
巷で、注文してから2ヵ月待ち、いや2年待ちとも噂されている商品がある。伝え聞くところによれば、かのベッカムも愛用しているとか。
それがSUWADAの爪切りである。評価も人気もとにかく高い。
「2年待ちは大げさですよ」と笑うのは諏訪田製作所社長の小林知行だ。ただ、確かに供給は追いついていない。
「鉄を鍛えるのは機械でも、一つ一つ人が温度を見ながら機械にやらせているわけですし、しかも材料として使うのは、鍛造した鉄のうちのよい部分3割だけ。それを職人が削って削って、磨いて研いで、ていねいにていねいに仕上げるのですから、どうしても供給が間に合わない。職人40人で、月に約3000個を仕上げているのが現状です」
小林は、同社の3代目にあたる。
「祖父はこの町で鍛冶屋を始め、家の裏に座って仕事をしていました。40年ほど前に、ここに移って工場を建てましたが、いまも建物はそのときのままです」
幹線道路に面した同社の漆黒の工場群は、古さを感じさせないどころか、モダンで人目をひく。まるで現代美術のミュージアムのような外観だ。しかし、実は、昔の建物を黒いボードで覆っただけだという。
「ことさらおしゃれを狙ったわけではなくて、炭も黒、鉄も黒、火を見るためにバックは黒でなくてはいけない。黒はもともと鍛冶屋のシンボルカラーなんですよ」
この工場を昨年から「オープンファクトリー」にした。つまり見学できるようにしたのだ。
「見ていただければ職人の優れた手わざを知っていただけるし、いかに気持ちを込めて製品が仕上げられているかをわかっていただける。正直に見せるのは当たり前のことだと思うんですよ。これをやろうとするところがなかっただけ」
工場はガラス張りになっており、廊下から職人たちの仕事ぶりをじっくり見学できる。それだけでない。備え付けのiPadを使って工場内に設置されたカメラを操作して職人の手元や製品の仕上げ具合をつぶさに見ることさえできるのだ。小林は言う。
「ブランディングというのは信頼を得るということです。つまりよいものかどうかの確認作業で、その積み重ねが信頼だと思うんです。だからぼくらはよいものを作り続ける」
製品も経営も演出でなく本質を見せたい
それがぼくの"鉄学”なんです
小林は、明治大学卒業後、地元商社での5年のサラリーマン生活を経て、諏訪田製作所に入社した。その5年後に「父親と経営についての意見が合わず、交替させました」と小林は笑う。社長就任の時点で、同社は売上高3億円、6億円の借金を抱えていた。それをみごと数年で黒字転換させた。
「1人の人員削減もしないから2倍働いてくれとお願いしました。それまでルールのなかったところに就業規定を定め能力給制を導入し、あとは経費削減など当たり前のことをやっただけです」
一方で、国内・海外の展示会に積極的に出展し新規の顧客を開拓した。
「そもそもウチの製品は世界のどこにもないもの。切れるよいものを作る技術がなくなってしまった現代にあって、よいものが残るという当たり前のことだったと思います。ですから、ブランディングは、ぼくの努力というより職人の努力の成果なんです」
同社は一般の爪切りのほかに、ペット用の爪切りや盆栽用ハサミ、栗・銀杏の殻剥きなども手がけているものの、やはり、SUWADAといえば"世界最高の切れ味”
"一生もの”として名を馳せている爪切り。海外では、特にプロ用の爪切り「キューティクル・ニッパー」のヒキが強いという。これを使うネイルサロンは着実に増え続けている。
「現在、海外での売上げは全体の20%弱でしかありませんが、プロ用では海外で独占できると思います。けれどなかなか供給が追いつきません」
それにしても同社の手抜きしなさ加減は徹底している。
「同じ鉄からヨソが8個取るところをウチは1個しかとらない。しかも、いい鍛造をするために20トンの圧力でもいいところを400トンもの圧をかけている」
30%はロボット化可能なので導入すればコスト削減になるのだが、「いまのやり方をやめてしまえば、ウチの存在価値はなくなってしまう」のでやらない。
「『ある程度いいもの』という発想が芽生えた時点で、『程度』は『低度』になってしまうんです。ぼくらがやっているのは手の仕事で、作っているのは刃物。刃物は切れることがすべて。ぼくは演出ではなく本質を見せたい。経営だってそう。これがぼくの"鉄学”です」
そう言ってのける小林の、こだわりだけでないユーモアを含んだ人間性、そしてなによりブレのない姿勢が世界に冠たるSUWADAブランドをを支えている。
引用元:CEO社長情報
記事掲載日:2012年8月