大化けした「いきなり!ステーキ」PDCAの高速回転で成長力を持続
業界開発のヒントは「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」
「いきなり!ステーキ」はペッパーフードサービスの業績を急伸させた。1号店(銀座4丁目店)のオープンは2013年12月、翌月には2号店(銀座6丁目店)がオープンした。同社の売上高は13年12月期に56億8600万円、経常利益は1億5100万円だったが、14年同期に87億9100万円、5億7500万円、15年同期には161億9800万円、7億6000万円に拡大した。16年12月期の売上高は200億円をゆうに突破しそうだという。
1号店のオープンから2年4カ月の16年4月末で店舗数は88店(直営70店・FC18店)に達する。社長の一瀬邦夫氏は同社の社内報『馬上行動』で「並の会社の成せる技ではありません」と書いているが、社員向けの鼓舞であることを差し引いても、確かにそれだけの数字を上げている。やはり『馬上行動』で、一瀬氏は「ペッパーランチ」について「有力な特許をシステムに組み込んだ『唯一無二』の業態です」と述べたうえで「一方で『いきなり!ステーキ』も世界初の業態です」と断言した。
同社が展開するのは8ブランドだが、「炭焼ステーキ・くに」「牛たん仙台なとり」「こだわりとんかつ・かつき亭」など“肉業態”に特化し、この領域で深堀りをつづけていることが理解できる。一瀬氏の業態開発の基本は「自分がお客様として入りたい店かどうか」。
「いきなり!ステーキ」の開発は「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」にヒントを得たという。
「俺のフレンチ、俺のイタリアンを見てひらめいた。立ち食いならフレンチやイタリアンよりもステーキのほうが似合うと思い、試算してみたところ20坪の店で客単価3000円、滞在時間が1時間なら採算が取れると。原価率はステーキ単品で70%に設定したのでFL比率は77~78%になった」。
原価率が高く設定しながら売り上げを伸ばして利益を確保
銀座4丁目店、銀座6丁目店とも試算どおりではなく、客単価2000円・滞在時間30分だったが、メディアがこぞって取り上げるなど話題を呼び、1日に150万円を売り上げるほどの繁盛店となった。だが、それも銀座という立地ゆえの現象かもしれず、下町ではどうなのかという課題が浮上する。
3号店を同社の本社近くの吾妻橋に出店したら、13坪で月商1500万円を記録した。下町でも通用する業態力を確信した一瀬氏は多店舗化に着手し、以降スピード出店に向かい、平均月商2000万円の店舗網を形成してゆく。
それにしても原価率が過剰に高いのではないか。いまやFL比率の目安は60%以下という教科書どおりの一般論が通用しなくなったとはいえ、一瀬氏はどう考えているのだろう。
「家賃には月商の10%という基準があるが、原価率(ステーキ単品)を70%にして、かりに営業利益率が5%だったとしても、月商が2500万円なら125万円の営業利益になる。つまり分母が大きくなれば採算は取れる」。
売上増強に向けて、店舗によっては椅子席を用意して来店意欲を喚起し、銀座駅の丸の内線ホームドアに広告を貼り付け、大江戸線に中吊り広告を打つなどのプロモーションを展開した。食べたステーキのグラム数に応じてポイントを付与する「肉マイレージカード」は、16年4月末の登録者数が23万8169人に達するなどリピーター獲得に結びついた。
同社はこうした施策を次々に生み出すための体質づくりにも取り組んでいる。全社員によるPDCAの実践だ。15年のテーマは「PDCAの理解と実践」で、16年は「PDCAを高速回転、成果に繋ぐ武器とする」をテーマに「いきなり!ステーキ売上向上PDCA会議」を立ち上げた。週単位でPDCAを廻してゆく方針だ。
「ペッパーランチ」既存店売上高
41カ月連続で前年同月比を上回る
同社の業績を急伸させたのは「いきなり!ステーキ」の台頭だが、主力ブランドの「ペッパーランチ」も好調を持続し、既存店売上高は16年3月末で41カ月連続の前年同月比超を記録した。同社の全ブランド総店舗数は16年4月末で国内233店(直営130店・FC103店)、海外235店(全店ペッパーランチFC)の468店におよぶ。
当面の出店は「ペッパーランチ」と「いきなり!ステーキ」の2本立てで推進し、16年12月末までにそれぞれ20店、40店を新規出店する計画だ。「ペッパーランチ」の国内店舗数は16年4月末で99店(直営29店・FC70店)だから、計画どおり出店が進めば「いきなり!ステーキ」の店舗数は年内に「ペッパーランチ」の国内店舗数を上回る。
この計画を推進する過程で、重点的に取り組む強化策は「人づくりだ」(一瀬氏)という。そのインフラとして運営しているSV・店長会議に加え、新たに一瀬氏が講師となる社長道場を開いて、生き方、考え方など人間教育を施している。
一瀬氏はどんな社員像を望んでいるのだろうか。
「人として誇れる社員だ。すでに当社の社員はどこに出しても誇れる人間に成長したと思う。実際、社外からも評価が高い」。
基準となる価値観は「正笑=社長の熱き思い」と題する名刺サイズのクレド集に書かれてある。そのなかの「ペッペーフードサービス店訓」には「仕入先及び納入業者さんに対しても、常に感謝の心を忘れません」とある。多くの企業で価値観の内容は、顧客志向、公共志向、成長志向などに集約され、仕入先と納入業者への感謝を明文化するケースは少ない。一瀬氏が社員に求める心性が反映されているのではないだろうか。
社員が幸せになれなければ、社長も幸せになれない
過去に同社は不祥事、食中毒、継続の疑義などに直面した時期もあったが、これらの時期に苦難をともにした社員は、ほとんど在籍しているという。いまは「日本で最も働きたくなる外食産業の会社」をめざしている。一瀬氏に真意を聞いてみよう。
「社員はペッパーフードサービスに勤めながら、やがて結婚をして、子供を持つようになる。つまり、この会社を中心に人生設計を組み立てることになるのだから、子供が大学に入る時期には教育費に困らないだけの賃金を支払う必要がある。そのためには店舗数を増やして、昇進昇格ができるチャンスを用意しなければならない。
社員にはこの会社で働くことで幸せになってほしい。社長である私も幸せでありたいが、社長の幸せは社員の幸せによって支えられている。社員が幸せにならなければ、社長も幸せになれない。私はこのように原理原則から物事を考えている」。
一瀬氏は、質問をはさむ余地がないほどエネルギッシュに、いかにも楽しそうに話しつづけ、カメラを構える秋田美人の女性写真家に「きれいな方だね」と話しかけて、空気を和ませた。艱難辛苦を乗り越えて地歩を固めた創業経営者に特有の、一気に人を惹きつける磁力にあふれている。「一瀬社長は創業者らしくワンマンだが謙虚な人柄で、いつも何事にも一生懸命」(外食関係者)という評判だが、こういう経営者に勝利の女神は微笑むのかもしれない。
interviewer
interviewer
引用元:ベンチャータイムス
記事掲載日:2016年6月10日