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経営には“流れ”がある。売りたくないときこそが、売りどきである。

SFPダイニング株式会社 寒川良作 株式会社日本M&Aセンター 分林保弘 記事サムネイル画像

M&Aというと、いまだに大手企業による企業買収というイメージをもつ人も少なくない。
しかし、中堅中小企業の現場においては、M&Aは事業承継や新たな成長戦略を描くための手法として活用されている。IPO(株式公開)を具体的な目標に、2010年12月事業承継ファンドへの株式売却を行なったSFPダイニング株式会社代表取締役社長・寒川良作氏と、中堅中小企業のM&Aの第一人者である株式会社日本M&Aセンター代表取締役会長・分林保弘氏に、事業戦略としてのM&Aについて語り合っていただいた。

創業当初からの「子供は会社に入れない」という約束

分林 寒川さんは52歳とお若くて、一般にはまだ経営の第一線を退かれる年齢ではないと言われるのではありませんか。

寒川 私が吉祥寺に最初の店「居酒屋鳥良」をオープンしたのは25歳のときです。ですから創業(1984年)からの年数でいうと、28年になります。余力のあるうちに引退するというのは、自分の人生設計としてずっと前から決めていたことでした。

分林 お若いけれど、商売のご経験は長いんですね。「ずっと前から」というのは、具体的にはいつ頃のことなんでしょう。

寒川 創業の翌年です。最初は夫婦二人で店を切り盛りしていたのですが、兄から連絡があり「兄弟で力を合わせてやっていこう」ということで、「鳥良」を事業展開していくことになりました。そのときに”3つの約束”をしたんです。「組織的な経営をする」「子どもは会社に入れない」「最後は株式を売却する」というものでした。

分林 それは大変に興味深い。子どもに事業を継がせたいというのは、多くの創業者が考えるところですが、あえてその選択肢を排除されたのはなぜなのでしょう。

寒川 私たちがそれぞれの子どもを会社に入れると、彼らは従兄弟同士ですからね。人数も多くなるし、将来ややこしい問題が生じるかもしれません。「組織的な経営」を徹底するためにも、最初からそれはなしにしておこうと。

分林 先見の明ですね。最初から「最後は株式を売却して引退」というところまで決めておられたとは、正直驚きました。その頃まだ国内では、そういった事例はほとんどなかったはずです。

寒川 もちろん、細部まで詰めていたわけではありません。若いうちはとにかくがむしゃらに頑張って、会社を大きくしていこう。それができたらしかるべき人にビジネスを承継してもらい、余力をもって第二の人生を送りたい。米国でそういうライフスタイルがあるのを知って、ぼんやりとですがイメージしていたのです。

分林 では、その当時の夢を見事に叶えられたわけですね。それにしてもわずか28年間で、会社をここまで成長させた経営手腕は素晴らしい。現在、どれくらいの店舗数がありますか。

フレンチ店での失敗を糧に10種類の業態を展開

寒川 首都圏と大阪に約80店舗があります。それでも、創業当初は10年でやっと6店舗でした。私は、会社というのは長く続くことが大切だと思っていまして、拡大を急いで失敗したくなかったんです。ですから、一店一店、丁寧に作ってきたという自負があります。

分林 業態も多岐に渡っていますね。手羽先の『鳥良』は大変有名ですが、ほかにも海鮮料理の『磯丸水産』、お好み焼・鉄板焼の『鉄板二百℃』、スペイン料理の『CASA DEL GUAPO/BUENO』、寿司の『きづなずし』など。

寒川 はい。飲食業は外部環境に左右されがちです。『鳥良』でいえば、これまで鳥インフルエンザで売上げが落ち込んだ時期がありました。一つの業態に偏らないリスク分散は必要だと思います。

分林 多くの飲食業の経営者は、単一の業態で大きくしていこうと考えますから、それはすごいと思いますね。

寒川 ただ、何でもやればよいわけでもないんです。数店舗成功すると驕りや自惚れが生じ、本当に儲かっている業態とは違うことをやろうとする。飲食業の落とし穴はそこにあると思うんです。私たちもその過ちにはまってフレンチのお店で大赤字を出し、潰れかかった経験があるんです。

分林 それは初めてうかがいました。なるほど、そのようなご経験の上に、今日の業態展開があるわけですか。先日『磯丸水産』のお店を拝見しましたが、非常に活気があってよいお店でした。24時間営業というのも、この業態では珍しい。深夜・早朝・午後の時間帯でお客さんは違いますか。

寒川 はい。『磯丸水産』は目下絶好調の業態でして、深夜の時間帯はわれわれと同じ飲食業で働く方々、早朝は夜勤明けの方々、ランチ後はシルバー層の方々に多く利用していただいています。私たちも実際にやってみるまでわからなかったのですが、新しい需要が掘り起こせたと思います。経営効率も非常に良く、早ければ出店から半年程度で投資を回収できてしまいます。

分林 すごいですね。経営計画を見ましても、前期(12年9月期)は売上げ138億円・経常利益10億円、これが今期(13年9月期)は売上げ150億円・経常利益15億円ですか。飲食業にとっていまは決してラクな時期ではないはずです。むしろ東日本大震災の後は、非常に厳しい状況でしょう。

最大の失敗は、何も考えずにいまの延長を進むことだ

寒川 3・11の直後は散々な状況でした。その週末はまったくお客さんがいらっしゃらなくて……。すぐに幹部会議を招集し、コストダウンと売上げ増の二本立てで対策に取り組みました。そうしたところ当初の見込みでは当月1億円の赤字だったのですが、逆に4000万円の黒字を出すことができ、4〜5月には過去最高益を達成しました。

分林 そうした素早い対応がおできになるところは、さすがだと思います。企業再生でもコストダウンと売上げ増は、両輪の基本戦略ですが、それと同じですね。そのときにはM&Aのパートナーである、ポラリス・キャピタル・グループ(以下、ポラリス)との合意はできていたわけですよね。

寒川 はい。M&A合意の発表が2010年12月27日でしたから、2カ月とちょっとで震災があったことになります。SFPダイニングとポラリスが真剣に事業と向き合い、危機対応に当たって乗り越えることができた。あのことがあって、ポラリスとの信頼関係はいっそう深まったと思います。

分林 しかし、これだけ絶好調のときに会社の株を手放されるというのは、惜しくありませんでしたか。よく決断されましたね。一般的には60〜65歳を超えてから、考える方が多いのですよ。

寒川 年齢などを考えればまだまだ働けるのですが、経営には”流れ”があると思うんです。10年後、自分が60歳を超えたときには会社がどういう状況になっているかは誰にもわかりません。しかし、現時点の状況ならわかります。そして、私は”(M&Aは)売りたくないときこそが、売りどきである”と思うんです。

分林 いや、おっしゃる通りです。先月も、私どものところに飲食業を40年以上やられてきた70歳過ぎの経営者の方が「資金繰りに行き詰まった」と相談にこられたんです。ところが、その方の会社は5年間ずっと赤字で、個人の家屋敷も全部担保に入っている。私は2年赤字だったら手を打つべきだと思うのですが、往々にして対応の遅いケースが目立ちます。

寒川 ということは「自分が売りたくなったときは売れないとき」とも言えるかもしれませんね。売りたい理由が経営が苦しくなったからだとすると、そのような会社を買いたいという人もいないでしょうから。

分林 名言ですね。寒川さんは「最大の失敗は、何も考えずにいまの延長線上を進むことだ」ということもおっしゃっていますが、私はこの言葉にも感銘を受けました。いま、中小企業には何も考えられずに延長線上を進んでいる経営者がとても多いと思います。これは大変立派な経営哲学です。

寒川 ありがとうございます。分林さんにそこまで褒めていただくと、恥ずかしいのと申し訳ないのとで、困ってしまいます(笑)

分林 いやいや、これは決してお世辞ではないですよ。寒川さんは当初から期限を決めて勇退することと、それまでに後継者を育てることを明言しておられた。だからこそ、このようなM&Aが実現できたのでしょう。

寒川 期限を決めたことで、社員に「自分たちがやらなければ」という緊張感と責任感を与えられたと考えています。また、子供を入れないとはっきりさせていたことで「自分も社長を狙えるんだ」という可能性を示せたのは良かったと思います。

売却先はファンド。15年までの計画を前倒しで達成中

分林 売却先に同業者でなく、ファンドを選ばれたのはなぜなのでしょう。

寒川 日本M&Aセンターの担当者の方のアドバイスです。事業会社が相手だと株式交換になるケースが多いのですが、その場合、株式を売却するのに制約も多く、最終的な出口が見えません。そんなとき「事業承継ファンドという選択肢もあります」と教えていただきました。私はファンドというと「ハゲタカ」のイメージしかありませんでしたので、新鮮でした。

分林 社員の方の反応はどうでしたか。会社をここまで引っ張ってこられた社長が経営を退かれるということを、すんなり受け入れられましたか。

寒川 そうですね。正直最初は「え、なんで売るの!?」という反応もありました。ですが株式売却後の具体的な目標として提示したIPOは、社員にとっても人生の大きなチャンスです。それを理解してもらい、ファンド側と同じ目標に向かって突き進んでいく体制を作ることが自分の責務だと思い、繰り返し説明してきました。

分林 寒川さんはポラリスと、当初5年間の事業計画の達成を約束されていますね。その進捗は順調で計画を前倒しで達成されているとうかがっています。非常に頑張っておられると思います。

寒川 結局のところ、売上げと利益を伸ばしていくことこそが、お互いの目標であり幸せにつながるんです。社員も目の色を変えて頑張っていますし、計画以上に目標を達成できているので、いまはすべてがうまくいっていると思います。

分林 寒川さんは次世代への承継を着々と進められていますが、リタイアされた後は何をされますか。何か計画されていることがありますか。

寒川 それは白紙にしてあります。M&Aを決めたとき、ポラリスとの経営委任契約が完了する2015年までは、会社を承継してくれる従業員の幸せだけを考えて全力を尽くそうと誓いました。自分のやりたいことを考えるのは、その責任を全うしたあとと決めています。

分林 中小企業・中堅企業にとって、M&Aがいかに前向きなものであるか、今後も寒川さんに示していただきたいと思います。本日はありがとうございました。