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キティちゃん世界のマーケット制覇の秘密

岩崎琢弥(イワサキタクヤ)

必要とされるのは、時代を見据えた新しいビジネスモデル

これからの日本の企業にとって必要なことは、その目を世界に向けることです。たとえ老舗企業とはいえ、商売のフィールドを日本国内だけに置いていたのでは、もはや生き残りさえ考えられない時代になってきています。そしてもうひとつ、企業が成長への道を切り開いていくために、他のどこにもないような、新しい形のビジネスモデルが求められているのです。

ひとくちに新しいビジネスモデルといっても、なかなか雲をつかむような話かもしれません。しかし、今の時代の目で活力のある日本企業をチェックしてみると、独自のしっかりしたビジネス手法で経営されている、いくつかの企業が見えてきます。

中でもこの数年、世界でひときわ存在感を増してきたのが株式会社サンリオ。キャラクタービジネスで世界的な成功を収め、いまや日本で一番有名なネコ“キティちゃん”を知らない人はまずいないはずです。今から五十一年前に同社の前身会社を興し(1973年にサンリオに改名)、現在まで社長を続けていらっしゃる辻信太郎さんとは、長い間お付き合いさせていただいていますが、辻社長の企業家としての手腕には、たびたび感心させられてきました。世界的な富豪や女性歌手などにもファンを持つ、キティちゃんという人気キャラクターを商品に、今やエルメスやシャネルなど、ヨーロッパの一流ブランドとコラボレーションするまでに成長したサンリオは、まさに世界的な新しいビジネスモデルと言えます。

競争になることのないビジネス
――無競争ビジネスを創造する

辻社長は、もともとは山梨県庁に勤務する職員で、二十代半ばにして公務員生活のいい加減さに飽き飽きして、東京での起業を考えて上京した人でした。職員時代の最後に県知事選挙に深く関わって、その縁から出資者が集まり会社を興したのです。そして、キティちゃんが生まれたのが1974年のこと。以来キティちゃんは、日本での何度かのブームを経て、今や世界的な人気のキャラクターにまで成長しています。

会社を始める時に、辻社長は“無競争ビジネス”という手法を考え出しました。たとえば、特許で守られた薬品であっても、特許が切れたとたんにジェネリックとして価格競争になるので、開発費に見合った儲けは期待できません。つまり、価格競争にさらされてしまうことのない商品を作り出すことが、辻社長の狙いだったわけです。そして、自社によるキャラクター商品の展開はもちろんですが、他の企業にキティちゃんのようなキャラクターを使用させて一定のロイヤリティを得る、キャラクタービジネスにとりわけ力を入れてきました。

現在キティちゃんは、ヨーロッパを中心に大きな人気を博しており、ヨーロッパのどこででもキティちゃんのイラストの入った商品を目にすることができます。ただ、それらは日本で作って輸出したものではなく、現地の企業がロイヤリティを払って作ったものです。そういった契約が現地企業といくつも交わされていて、サンリオは物を作る商売をせずに、契約企業から毎月ロイヤリティを受け取っているわけです。これは、今まで他にはなかったビジネスです。日本でも昨年、山本海苔や榮太樓本舗といった老舗ブランドが、パッケージにキティちゃんを使って注目されましたが、使う企業側から見ても、人気キャラクターの存在がイメージ戦略として重要になってきているのは間違いありません。

キティちゃんのデザインの秘密、色と形と込められたメッセージ

もちろん、このビジネスは、最初から成功したわけではありません。当初はオリジナルキャラクターではなく、後にアンパンマンを描くやなせたかしや、水森亜土のイラストを使っていましたし、当時ウォルト・ディズニーの支社にロイヤリティのビジネスを持ちかけたりしても、まったく理解を得られなかったようです。そこで、自力でのキャラクター開発を始めるのですが、以前辻社長にうかがった話では、今まで450ほどのキャラクターを作ってきて、キティちゃんのように長寿で稼げるキャラクターは三つくらいだとのことで、その意味では決して簡単なビジネスではありません。キティちゃんの場合も、最初はネコのキティちゃんの他に、クマやウサギといった仲間のキャラクターもいたのだそうです。しかし、圧倒的な人気の差があって、結局キティちゃんだけが残りました。

サンリオのそれぞれのキャラクターには、形やカラーリングなどにリサーチの結果が反映されています。キティちゃんでは、リサーチした中でもっとも好まれた、キュートな(可愛い)絵の要素と、カラーとしてそれに対応する赤をリボンに、そしてクレーバーさを感じさせるカラー要素の白が顔に使われています。さらに、そのデザインを通して“可愛い”“仲良し”“親切”という3つのメッセージが込められました。こうしてキティちゃんは、偶然ではなく、きちんとした裏付けから生み出されました。それこそが、ヨーロッパや中国であまり人気の伸びないミッキーマウスや、イスラム圏では敬遠される犬のキャラクター、スヌーピーにはない、世界で通用する理由のひとつになっているのです。世界の経済に目を向けてこそ企業の成功が見えてくる そんなキティちゃんを、今一番欲しがっているのが中国の企業だと聞いています。そう遠くない将来、キティちゃんが中国で活躍することは間違いないと思いますが、中国という国のある意味つかみ所のなさは、サンリオのような独自のキャラクタービジネスを展開する会社にとっては、深く注意を払うべき要素なのでしょう。

その一方で、これからの商売は世界、とくに中国市場の存在抜きには考えられない時代です。かつて日本の工業がアメリカの工業に取って代わったように、中国が世界の工業の中心になることは間違いないでしょう。辻社長自身、二十年以上も理事を務められている「辻アジア国際奨学財団」を通して、近年の中国の情勢を深く理解していらっしゃるに違いありません。

これからは一般企業だけでは、証券会社だって中国やタイ、インドなどへ出て行って現地で株を売るべきだと、前に辻社長がおっしゃっていましたが、それほど最近の経済の構造変化は急速です。そんなふうに年を追ってスピード化する経済の中で、企業にもっとも必要とされるのは、トップの素早い判断です。今は物による経済がダメで、キャラクタービジネスのような、お金の流れを中心にした経済になっていますから、そこのところをトップはしっかり理解しておくべきです。 そして、現在のように企業にとって難しい時代だからこそ、経営者は社員を愛することが大切――これは辻社長も同じことをおっしゃっておられました。たとえば、新しい会社が潰れる時などは、副社長や専務が独立して同じことを始めたのが原因だったりすることが多くあります。それを防ぐには、経営者は自分勝手なことをせずに、やはり社員を愛しておくこと以外にないのです。