完全成功報酬で顧客に納得性 着手金欲しさの営業も発生しない
20年ぐらい前になるが、ベテランのM&Aコンサルタントと報酬のあり方をめぐって話をしていたときに「コンサルタントはブローカーとは違うので、完全成功報酬ではなく定額の報酬を受け取ったほうがよいのです」と言われた。当時ほどではないが、いまでもこの慣行は変わっていない。役務を提供する以上、成果の有無にかかわらず、定額報酬を受け取るのは道理なのだろう。
この慣行に、真っ向から斬り込んだのがインテグループである。同社は独立系のM&A仲介・アドバイザリー会社で、対象を売上高1億円~200億円前後の中堅中小企業に特化し、売却価格は数千万円から数百億円。07年の設立以降、基本的に成功報酬しか受け取っていない。
一般にM&A仲介・アドバイザリー会社は、着手金100~500万円、基本合意締結時に成功報酬の1~2割程度を中間金として受け取っている。支払いが成功報酬だけなら、依頼主はリスクを負わずにすむが、同社が完全成功報酬を選んでいるのは、依頼主のリスク回避だけではない。
同社への依頼主は多くが売り手側である。社長の藤井一郎氏は、報酬体系の理由を次のように説明する。
「完全成功報酬にした一番の理由は、お客様にとって納得性が高いことです。また、着手金を受け取ると、コンサルタントが自分の営業成績を意識して、着手金欲しさに営業をしてしまう弊害が生じがちです。着手金が300万円もらえるなら、この企業には買い手がつかないとわかっていても、300万円を獲りに行ってしまう。あるいは売却希望企業が3億円で売りたいと希望している場合、どう見ても1億円でしか売れない企業でも『任せてください』と受託してしまう。
その結果、買い手が見つからない滞留案件が増えてしまい、着手金をとる仲介会社のなかには何百件も滞留案件を抱えているところもあります」
依頼主には見えないが、着手金には、こうした弊害が潜在している。完全成功報酬に定めたのは、いわば“見えない信頼性”の担保でもある。
同時並行で複数の相手にアプローチ コンサルタント1人が年3件成約
さらにスピードと交渉力にも相違が発生する。着手金を受け取らなければ、同時並行で複数の買い手候補にアプローチでき、売り手は条件を比較して早期に相手を選定できる。一方、着手金を受け取る仲介会社は売り手と買い手の双方から受け取るため、一度に限られた相手としか交渉できない。おのずと売却期間が長引いてしまう。
交渉力の面では、着手金や中間金を支払えば、売り手側に対価を得たいというインセンティブが働きがちだ。対価を得るために適正な条件とかい離した成約も辞さず、交渉力が低下してしまうのである。コンサルタントにも、拙速に基本合意を交わそうというインセンティブが働く。だが、完全成功報酬なら「成約可能性を見極めたうえで受託し、成功させようと高いモチベーションをもって仕事をすることができます」(藤井氏)という。
同社はこれまで自ら聴取した約1万件の買収希望情報をもとに、1人平均で年間3件を成約させている。藤井氏によると、この実績は業界トップクラス(業界平均は約1件)で、受託から成約までの期間も短く、同業が1年近くを要しているのに対して、平均6カ月に収めている。
同社は成功報酬の算出でも、多くの仲介・アドバイザリー会社と異なっている。他社では移動総資産の金額に応じた報酬料率を適用して算出する例が多いが、同社が算出のベースにしているのは譲渡価格である。
かりに売却企業の株式譲渡価格が5億円、負債が20億円の場合、移動総資産をベースにすれば25億円に報酬料率を掛けて成功報酬が産出されるが、ベースが譲渡価格なら報酬料率の対象は5億円である。成功報酬には何倍もの差が開く。
介護、ITの業界を中心に幅広い業種でM&Aを支援
インテグループがM&Aを仲介・コンサルティングする業種は介護20%、IT20%、その他60%。今後、重点を置く業種が介護である。すでに有料老人ホーム、グループホーム、福祉用具レンタル会社などで成約実績を築いているが、一段と強化していく。
介護市場は高齢化の進行で拡大する一方、国の社会保障費抑制策によって18年度介護報酬改定ではマイナス改定が予想され、中小介護事業者の経営は圧迫されていく見通しにある。M&Aニーズが増加することは明かで、同社は業務拡大の一環として、17年6月に、介護業界の展示会やECを手がけるブティックス(東京都品川区)と業務提携した。この提携を通じて、全国の年間売上高数千万円から100億円規模の中堅中小事業者の売却を手がけ、売上拡大を計画している。
また他のあらゆる業種においても、経営者の高齢化が進むと同時に、アーリーリタイアを志向する起業家も増えており、「業種にこだわらず、事業承継・M&Aの支援を完全成功報酬で支援していきたい」と藤井氏はいう。
ファンドへの譲渡の際に再出資して創業者利益の極大化を狙える
もうひとつ、新たに拡大する業務にファンドを活用した“二段階エグジット”がある。株式上場をめざす企業の創業者など既存株主が、ファンドが設立する特別目的会社(SPC)に株式を譲渡し、譲渡対価の一部をSPCに再出資する。これが第一段階のエグジットだ。その後、経営陣(創業者は退くことも可能)は従来通りに経営を継続しながら、ファンドの支援で人材強化やリスクマネーの供給、経営管理体制の強化を実施して、業績を向上させたうえで早期に上場を実現させる。そうすることで、再出資した分の株がIPO時またはIPO後に何倍もの価値で売却できる。二段階でエグジットすることで創業者利益の極大化をはかれるのだ。
同社が売り手のアドバイザーを務めた企業にベイカレント・コンサルティング(東京都港区)がある。経営戦略からITまで総合的にコンサルティングを展開するベイカレント社の創業者は、14年6月にファンドのCLSAキャピタルパートナーズが設立したSPCに株式を譲渡すると同時に再出資し、経営から退いた。
ベイカレント社は、ファンドの支援も受けて企業価値を上げ、わずか2年3ヶ月後の16年9月に東証マザーズに上場し、創業者は二段階エグジットを果たすことができた。「どのような相手先に譲渡するかは経営者様の考え方しだいですが、創業者利益を重視するなら、ファンドへの譲渡を選択肢の一つに入れてもよいのでは」と藤井氏はいう。
藤井氏は著書『中小企業M&A 34の真実』(東洋経済新報社)でM&A仲介・アドバイザリー会社の“不都合な真実”を明らかにし、自社のホームページにも仲介・アドバイザリー会社の選び方の盲点をリアルに書いている。虚々実々の金融業界に対して、あくまで公明正大なビジネスを志向する経営姿勢の表明とも受け取れる。
インテグループのインテはインテグリティ(高潔、誠実)の略である。藤井氏は「お客様に対して裏表がなく、言行を一致させ、誠実に向き合う経営に徹しています。強引に成約をめざすようなことはしません」と力を込めた。