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東大の学費を自分で稼いだ苦学生で、反骨精神は旺盛 絶望の淵でもあきらめず、もがき続けて成功をつかむ

株式会社エルテス 菅原貴弘社長 記事サムネイル画像

“派生ビジネス”にこそ隠されている持続可能な本当のビジネスチャンス

インターネットの普及が“光”の側面とすれば、その“影”の側面であるサイバー犯罪もまた激増している。SNSによる個人へのいじめや嫌がらせは日常茶飯事のように起こり、さらには、政府機関へのサイバーテロも相次ぐなど、大きな社会問題になっている。企業も、サイバー攻撃による営業秘密や顧客情報の流失、ネット上での信用毀損や風評被害といったリスクに、常にさらされるようになった。一方で、そうしたリスクから企業を守るデジタルセキュリティサービスも、大きな進歩を遂げている。そのリーディングカンパニーと目されているのが、今年11月に東証マザーズ上場を果たしたエルテスだ。

同社は2004年、菅原貴弘社長が東京大学経済学部在学中に起業した。創業当時は複数の領域のITサービスを手がけていたが、菅原社長は07年に一念発起し、自社開発によるデジタルリスク管理サービスに特化することにした。「前年の06年は、ネットでの情報交換が一方通行からインタラクティブに変わった大きな転換期(ウェブ2.0)でした。それを契機にネットのコミュニティ機能が発達し、新しく成長すると想定したのが“口コミサイト”と“口コミサイトでの被害を防ぐサービス”という、2つのビジネスモデルだったのです。多くのITベンチャーは口コミサイトの運営に乗り出しましたが、当社は口コミサイトでの被害を防ぐサービスのほうを選んだのです」と、菅原社長は振り返る。当時、デジタルセキュリティサービスを提供する日本企業は少なかった。

では、なぜ人とは別の道を敢えて選んだのか? 菅原社長は、車のアクセルとブレーキを対比して、こう説明する。

「スピードが出るままに自動車を暴走させれば、運転を誤って必ず事故が起きますよね。みんなアクセルを踏みたがりますが、ブレーキが対になっていなければ、自動車は正しく機能しません。ネットも同じです。例えば、検索エンジンを使って興味本位で他人の個人情報を調べる行為を放置すれば、プライバシーの侵害といった問題が起きることは明らかです。そうした問題を解消するITも不可欠で、ニーズが確実にあるわけです。また、サイバー犯罪を未然に防がないと、IT産業全体にもマイナスになりかねません。なぜなら、新手のサイバー犯罪が多発すると行政は慌てて規制を行うのですが、過剰な規制になりやすく、ITの自由な発展まで阻害してしまうからです。政府が規制に乗り出す前に、デジタルリスクを自主管理することが、経済界にとっても重要だと考えたのです」。

また、菅原社長は、デジタルセキュリティのような、いわばITの“派生ビジネス”にこそ、持続可能な本当のビジネスチャンスが隠れていると見る。

「米国の“ゴールドラッシュ”で生まれ、後世に残った大企業は、いずれも派生ビジネスでした。例えば、鉱山労働者向けの作業服を作っていたリーバイスは、世界屈指のジーンズメーカーに発展しました。採掘された金塊を運搬していたウェルズ・ファーゴも、全米有数の金融機関に成長したわけです」。

社会貢献のため新しい産業のリーダーを目指して起業

菅原社長の視野はきわめて広い。自社やIT産業だけでなく、常に日本の社会全体、さらには世界の動向も考えながら、経営の舵取りをしている。そもそもITベンチャーを立ち上げたのも、「東大生として、どうすれば社会に貢献できるのか」考えた結果だという。

「進路を考えたとき、これまでの東大の先輩たちは、多くが大企業や中央官庁に進んでいましたが、これからは新しい産業のリーダーを目指すほうが、日本社会の発展に役立つだろうと判断しました」。

菅原社長は学生時代、インターンは経験したものの、企業には就職したことがない。

「東大の先輩で大企業に就職した人を見ると、組織の中に入ったら、まず駒の一つになるしかない。コンサルティングファームに入った先輩も、大企業の戦略や政府の政策を左右できるといっていましたが、主役ではなく、サポーターに過ぎないわけですね。それなら、自分で組織をすべてコントロールできる経営者のほうがいいと思いました」。

まさに根っからの起業家として、「菅原社長」が誕生することになったのだ。

デジタルリスクにおいて、“内なる敵”のほうが脅威は大きい

エルテスは現在、「炎上予防システム」と「内部不正検知システム」という2つのデジタルリスク管理サービスを事業の柱にしている。前者は、著名人のブログや企業のサイトが不特定多数から集中攻撃される「炎上」を防ぐもの。後者は、企業内のログデータを使って社員の行動を分析し、情報漏えいなどの社内の不正行為を事前に察知するものだ。とりわけ、菅原社長が力を入れ、ニーズが高まると予想しているのが「内部不正検知システム」だ。

「外部からのサイバー攻撃が注目されやすいのですが、実は、“内なる敵”のほうが脅威は大きい。例えば、炎上の原因の約7割、情報漏えいの原因の約8割は内部にあります。しかも、情報持ち出しなどの内部不正を1回受けただけで、企業は回復不能のダメージを負うケースが多いので、怪しい動きをつかみ、内部不正を防ぐことがきわめて重要です」。

とはいえ、社員の怪しい動きをどのように事前に察知するのだろうか。実は現在、企業の業務の多くがデジタル化されているが、そこに集積されたビッグデータをうまく活用しているのだ。大学などとの共同研究によって、ビッグデータから人間の心理の変化、行動パターンを把握することで、高い精度で行動予測ができるようになったという。

「例えば、退職が決まった社員がコピー機で大量に印刷していたりすると、情報の持ち出しの可能性がでてきます。また、出退勤システム上で前月までと比べて平均出社時間が極端に遅くなっていて、かつ電子化された就業規則を頻繁に閲覧し、顧客データを大量にダウンロードしていたら、転職して顧客データを持ち出すことも考えられます。そうした行動データを総合的に解析すれば、社員が企業に対して不満を持ち、不正行為に走るかどうかが、高い確率で予測できるのです」。

エルテスのサービスは、名だたる大企業が利用しているが、菅原社長は、中堅企業やベンチャーにも積極的に利用してもらいたいと強調する。

「デジタルセキュリティのノウハウは、大企業は比較的豊富なのですが、中堅企業やベンチャーは不十分なところが少なくありません。例えば、ベンチャーの幹部社員が独立を画策し、企業の営業秘密や顧客リストを持ち出すケースがよくあります。こうしたケースは不正競争防止法違反に問われる場合も多いのですが、ベンチャーも独立した側も、企業リスク管理の知識がないために、事態が深刻化しやすいのです」。

苦境のときの助けは『君主論』と先輩経営者

これまでのストーリーでは、エルテスは順調に成長してきたように見えるが、実は、途中では何度も苦境に陥ったと、菅原社長は明かす。

「2006年に事業の転換を図り、デジタルリスク管理一本に絞ったとき、当時は資金繰りにも苦労していましたから、果たして事業を存続できるのかと不安のどん底に落ちたこともあります。しかし、私は、岩手県の貧しい家庭に育った苦学生で、東大の学費も自分で稼いでいた身でした。そこで、何くそと反骨精神に火がつき、目の前の仕事に全力で取り組むことにしました。たとえ絶望の淵でもあきらめないで、もがいていれば、少しでも前に進めるからです」。

菅原社長が苦しいときに愛読したのが、イタリアの思想家、マキャベリが著した『君主論』。「歴史を経て残ってきた古典には、普遍の真理が記されていて、人生で迷ったときの指針になりますね」。また、東大出身のベンチャー経営者からのアドバイスにも、大いに助けられたという。「ベンチャーの事業内容はそれぞれ違うのですが、経営者のたどる道、直面する悩みには共通点が多いのです。先輩経営者は、たいていの悩みの解決法をすでに知っています。『先輩、お願いします』と相談して、教えてもらうのが一番ですね」。

菅原社長は、学校教育の場でデジタルリスクの啓発活動に協力するなど、CSRにも積極的だ。一方で、15年には、経済産業省出身で特許庁長官も務めた羽藤秀雄氏を同社取締役に迎え、行政との太いパイプを築くなど、社会におけるデジタルセキュリティの普及にも余念がない。また、世界で最も進んだ電子政府を持つエストニアから、社会の危機管理にかかわる最先端のITも導入する計画だ。

日本では今やインバウンド需要が空前の盛り上がりを見せ、2020年の東京五輪に期待が集まる一方で、国際テロの活発化への懸念も強まっており、デジタルセキュリティへのニーズはますます高まっている。「米国では政府に協力してテロ予測システムを開発したベンチャーがあるのですが、その企業の時価総額だけで2・5兆円にも達しています。日本のデジタルセキュリティ市場は米国の3分の1はあると見られていますが、現在はほとんどブルーオーシャンの状態で、成長の余地はきわめて大きいといえるでしょう」と、菅原社長は力強く語った。