調査データから業態を考えると直感がブレてしまう
コミュニティ創りという概念は、エリアや構成メンバー、指針の設定など何かしら枠組みをともなっているが、カフェ・カンパニーが想定するコミュニティ創出は、いわば“風景の化学反応”である。同社はカフェをコーヒー店ではなく、設立以来の事業コンセプト「Community Access For Everyone」に基づき「食を通じて新しい生活文化を提案する場所」と定義する。言い換えれば、来店客のライフスタイルを変えるキッカケになり、生活の拠点になっていく場所でもある。
社長の楠本修二郎氏によると、出店は「カフェのある風景」を創ることなのだという。
同社は「WIRED CAFE」「WIRED KITCHEN」「食堂居酒屋どいちゃん」「Planet 3rd」など57ブランド・約90店を展開し、年間売上高は2016年2月期に約90億円を見込んでいる。
いわば90におよぶ風景を創ってきたわけだが、業態開発の手法は、市場調査やベンチマーキングなどによってフォーマットに落とし込むという多くの外食企業と異なっている。
「調査データにはほとんど目を通さない。調査データから入ると街の匂い、風情、歴史、キャラなどが見えなくなって、直感がブレてしまう」。
そう話す楠本氏は、著書『ラブ、ピース&カンパニー これからの仕事50の視点』で「カフェにおける失敗のパターン」として
①“数字目標”と“風景イメージ”の乖離
②地域のことを考えていない事業者論理の出店決定
③直感から入らず、論理的思考を優先しすぎること
―の3点を挙げている。
昼の歩行量が1時間に3人の立地で月商1300万円
この3点との反対が成功のパターンと単純にはいえないだろうが、大筋はつかめるのではないか。楠本氏に尋ねてみよう。
「事業アイデアが物件から湧き出てくることが多い。そのほうが僕にとってはフォーマットを固めて展開する方法よりもやりやすい。まず僕や社員が出店を相談された物件を見て、そこが風景になるかどうか。出来上がったハコモノやメニューをイメージするよりも、どういう語らいがあるのか、誰がどこから来るのか、店を出てどこへ行くのか、その人がうちのカフェに来ることで生活がどうハッピーになっていくのか。そういうケーススタディを数十通り妄想する」。
業態に従って物件を選ぶのではなく、物件に合わせて業態を考案するのだ。たとえば2002年に東京・高円寺に出店した「Planet 3rd」の立地は、高円寺駅から徒歩10分で、歩行量調査をしたら昼間は1時間に3人しか通らなかった。
だが、周囲は住宅地で若い世帯も多い。「半径500メートルの人を幸せにしたい」という思想によって、夜間に若い人がリビングやダイニングのように使えるカフェレストランを創ろうと「Planet 3rd」を出店したのだ。売上高は初月から約900万円を上げ、目標だった月商1300万円にもすぐに達して、繁盛店になった。
カフェはビジネスモデルが成立しない可変性の店舗
この例に限らず、同社の足跡を振り返ると、飲食店経営のセオリーが変わったことが理解できる。いや、そもそも消費行動が変動的である以上、定型的なセオリーは脆弱だったのだ。とくにカフェの場合、夜間であれば客単価4000円で2回転するテーブルの隣りで、客単価800円で4回転するなど「お客様による店の使い方が多様で、客単価×回転率という公式が当てはまらない複雑系で、ビジネスモデルが成立しないほど可変性が高い」と楠本氏は指摘する。
可変性に対して、楠本氏は同社を設立する以前、友人と飲食店を営んでいた時代から一貫して“風景の創造”に取り組んできた。根底にあるのは、利益と公益を同時に実現させるという価値の希求である。
「ハーバード大学経営大学院のマイケル・E・ポーター教授が提唱したCSV(Creating Shared Value=共通価値の創造)が話題になっているが、当社は20年以上前から実践してきた」。
風景をベースとしたコミュニティの創出は、どこへ向かおうとしているのだろう。楠本氏はコミュニティの変遷を地域や会社、学校などを「Community1.0」、ウェブ上に形成されるコミュニティを「Community2.0」と分類する。
これから拡大していくのは「Community3.0」で、そこではリアルな出会いで共感から共振が生まれ、トライアスロンやバーベキューに象徴されるようにライフスタイルが共有され、マーケットも発生するという。同社が創出し続けてきたコミュニティである。
“地域を育てる”発想を持てば必ず仕事につながる
今後は2016年3月に仙台市に2店舗、さらに多賀城市、東京では新宿、早稲田、茅場町と1カ月に6店舗を出店する。2017年には東京・浅草でシティホテル「WIRED HOTEL」をオープンさせる計画だ。下町で何かやりたいなと思っていた矢先に声がかかり、シェアハウスなども考えたが、ホテルを提案したという。
思うに、楠本氏は時代をモチベートし続けている。あとに続く飲食店経営者がどんどん登場すれば、衣食住に関わるビジネスが連動して、新たなライフスタイルビジネスが創出されるかもしれない。それは地域振興という喫緊の社会課題にも通じるが、楠本氏は後進の経営者たちに何を望んでいるのだろうか。
「日本には凄いポテンシャルがあるのに、世界デビューをしてこなかったと思う。故郷でも都心でもよいが、自分が好きになった地域をいっしょに育てるという発想を持てば、必ず仕事につながるタイミングが来ると思う。そんなことをぜひイメージしていただきたい。たとえばスペインのサン・セバスチャンは人口18万人だが、世界的な美食の街として知られている。世界には人口5~10万人で発信力を伸ばしている地域がたくさんあり、日本の地方にも数多く存在するはずだ」。