債務超過から早期に回復して2年後に上場
今年10月に設立20年を迎えた外食企業ゼットン社長の稲本健一氏は「20年は一瞬だった」と回想する。外食企業には株式上場を契機に勢いを失う例も少なくないが、ゼットンは2006年に名証セントレックスに上場して以降、一段と成長を加速させ、16年2月期通期決算では売上高100億円を見込む。
だが、20年の業歴をさかのぼると、意外にも債務超過に陥った時期があった。上場の2年前、04年に公共施設再生事業の第一号として名古屋市の徳川園に「ガーデンレストラン徳川園」をオープンした時期である。当時の年間売上高は10億円超だったが、2億円を上回る出店費用を投入して、一時的に債務超過になった。
その後は「半端でない勢いで戻した」(稲本氏)。ガーデンレストラン徳川園はいまでは年間売上高8億円を上げ、有力な収益源に育っている。
外食ベンチャー企業の成長過程は、単一業態のチェーン化と多業態の開発に大別できるが、ゼットンが選んだのは後者である。稲本氏が「飲食業の醍醐味は業態開発だと思う。チェーン化には関心がないし、当社は長けていない」と語るように、一店舗として同じパッケージがない。全店舗約90のうち、32店を出店しているハワイアンレストラン「アロハテーブル」も、店舗ごとにすべてメニューが異なる。
変化しつづけて5つの事業をバランスよく展開
“複数化”は事業全体にもおよび、事業が5つのカテゴリーに区分されるまでに業容を拡大した。稲本氏は「当社は変化しつづけてきた」と語るが、新業態や新事業の開発が、伸びしろをつくり出しているのである。
5事業の売上比率は15年2月通期でダイニング事業26.7%、アロハテーブル事業26.2%、ブライダル事業24.2%、ビアガーデン事業17.4% インターナショナル事業5.7%。「停滞する事業から新事業に乗り換える企業は多いが、当社は5事業とも伸びつづけている」(稲本氏)というが、実際、業績は順調である。
14年2月期は売上高84億3900万円、経常利益3億4200万円、15年2月期にはそれぞれ96億1100万円、3億300万円。16年2月期は先述のように売上高は100億円に到達するが、経常利益は2500万円と減益の見通しだ。要因はビアガーデン事業の不調である。
全国に21店舗展開するビアガーデンを含む夏季(5月〜9月)全店舗の席数は、1万2000席。内、屋根を持たないアウトドアの席数は6500席と全体の54%を占める。この事業は天候リスクの影響を受けやすく、台風とゲリラ豪雨によって、7~8月に全国21店舗のビアガーデンの稼働日数割合が、66.4%にとどまったことが大きく響いた。
業態開発で稲本氏が必ず回避する3つのタブー
ゼットンの競争力の源泉について稲本氏に尋ねると「早い時期からデザイン部を設置してデザインを内製化してきたこと」や「全役員が10~20年勤務しているなど定着率が高いこと」を挙げた。だが、それにも増して、稲本氏の卓越した業態開発力が大きいだろう。 稲本氏はいまでも「代表取締役クリエイティブディレクター」として、ロゴマークの位置など細部に至るまで陣頭指揮を振るっている。セオリーは何だろうか。 「何についても本物であること。私にはダメなものが3つある。一つ目は、シェフの気まぐれサラダ。気まぐれで商品を出すな、と。二つ目は“○○風(ふう)”という本物を模倣したもの。三つ目はカルパッチョ。新鮮な素材のカルパッチョもあるが、古くなった素材を使うためにカルパッチョをメニューに加える店が多い」 本物を実践する一例が、ハワイにアロハテーブルをオープンしたことだ。通常、日本の外食企業が海外に出店するのは、日本料理店やラーメン店などだが、あえてハワイアンレストランをオープンした。アロハテーブルを日本でどれだけ出店して高収益を上げたところで、出店地が日本である限り「ハワイ風」の域を出ず、本物にはなり得ない。 そう判断して本場に進出したのだが、勝算もあった。「ワイキキは街そのものが一大ショッピングセンターだが、ハワイアンレストランがない」(稲本氏)ことに着眼し、良質な料理を提供すれば成功すると読んだのだ。現在、ワイキキには3店舗を出店している。
30代後半から50代前半のライフスタイルを投影
もうひとつ、ゼットンの業態開発に深く関わるのは、クリエイティブディレクターである稲本氏のライフスタイルだ。稲本氏は1年の3分の1近くをハワイ中心に海外で過ごし、トライアスロンとマラソンの大会に出場する現役アスリートでもある。年齢は47歳だが、自覚するフィーリングは30代後半だという。 「30代後半から50代前半までが一番お金を持っていて、飲食や車、時計、洋服など一番消費が活発な世代である。私が自分の欲するものを店に投影すれば、同じ思いを持つ人たちが集まってくる。究極は、自分が客として入りたい店を開発している。それしかない」 いわば感性からのアプローチで、これを創業期の外食ベンチャー経営者にも求めている。
「飲食業で大切なのはマーケティングよりもフィーリングだ。FL比率など数字からアプローチせず、感性で店を作ることに熱くなってほしい。さらに付け加えれば、インバウンド需要などアテにするんじゃない!味覚にすぐれた日本人の特性を活かして、失敗を怖れずに、どんどん海外に出店して勝負せよと言いたい。そのほうがチャンスは多い」 そう説く稲本氏はさらに壮大な構想を描いている。ハワイ州で15~20億円の売り上げを達成したうえで、サンフランシスコを拠点とした全米への展開、あるいはニューヨークを拠点としたグローバル展開だ。日本の農業技術をハワイに移植し、農作物を輸入する構想も念頭に置く。あくまで変化を追い求めてゆくのである。