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異色の「医師」兼「起業家」、ヘルステック分野のインキュベーターに

メドピア株式会社 石見陽社長 記事サムネイル画像

名刺の渡し方も知らずに営業回り

いま、米国のベンチャー企業のスタートアップで最も注目されているのが、医療・ヘルスケア分野でITなどを駆使しながら最新テクノロジーの開発を進める「ヘルステック」の領域だ。2009年に施行された「米国再生・再投資法」で、19年までにヘルステック関係へ258億㌦が投じられる。また13年9月には、グーグルが自社のデータ解析技術を活用しながら老齢疾患治療の研究に取り組む「Calico」を設立して、各方面からの注目を集めている。

そうした最新のヘルステックの開発状況と、それを活用した先進事例を紹介する世界最大規模のグローバルカンファレンスが「Health 2.0」で、11月4~5日に日本初となる「Health 2.0 ASIA-JAPAN」が東京・虎ノ門で開催される。「この分野において日本企業のチャレンジは緒についたばかり。知の共有と連携を通じて、新たなビジネスが生まれるプラットフォームにしたいきたい」と語るのは、米国の運営母体「Health 2.0 LLC」と日本国内における独占的なライセンス契約を締結した主催者のメドピアの石見陽社長だ。

実は04年12月に設立されたメドピア自体、医師の臨床経験をネット上に集めて「集合知」化し、それを共有することで医師の最適な治療をサポートするサイト「MedPeer」を運営しており、日本におけるヘルステックのパイオニア的な存在なのだ。そして、創業者である石見社長自身、1999年に信州大学医学部を卒業し、いまでも週に1回、一般内科での診療を行なっている現役の医師でもある。実社会での起業に目を向けるようになったきっかけについて、石見社長は次のように語る。

「大学卒業後に入局した東京女子医科大学病院で、カテーテルの技術を身に付けようとしていたのですが、01年に医療事故が起きて患者さんが急に減ってしまいました。そこで基礎研究に回ると、研究の合間に空き時間ができ、それを利用してさまざまな異業種交流会に参加するようになったのです。そうしたなかで、転職希望の医師が人材紹介会社へ一括登録するネット事業を思いつきました」

実際に医師求人情報サービス「医局@人事」のサイトがスタートしたのは、会社設立から3カ月後の05年3月。この時点で顧客となる人材紹介会社は10社ほど集まっていた。しかし、それまで石見社長は営業経験がまったくのゼロ。名刺の渡し方も、それこそ会社や事業を説明する資料を用意する必要があることも全く知らなかったのだという。「訪ねた先の人材紹介会社の担当者に苦笑いされながら、企業人としてのイロハを一つひとつ教えてもらいました」と石見社長は振り返る。

かねてから石見社長が自らの抱負として持ち続け、経営理念としても掲げているのが「Supporting Doctors, Helping Patients(医師を支援すること。そして患者を救うこと)」。臨床医か医系技官の道を歩むことで実現する選択肢もあったが、起業家と医師の兼業の方がスピード感や自身の人生に対すインパクトも大きいと考え、最後の道を選んだ。また、医師が利益を追求することへの葛藤も一時期あった。しかし、あるとき手にしたベストセラー『ビジョナリー・カンパニー』の「理念と利益の最大化」という言葉を目にして、両者が両立すること気づき、迷いが一気に解消したそうだ。

一時は大量退社で社員半数以下の危機も経験

そして、07年8月に現在のMedPeerの前身となる医師限定のコミュニティサイト「Next Doctors」の運用を開始する。疾患領域ごとに医師の意見交換を行なう場であるのだが、まずは会員となってくれる医師を集めなくてはならない。「月に4、5回ほど学会に出向き、直接ビラを配って勧誘をしました。実際に話をすると9割の医師が入会してくれ、2年ほどで約7400人の会員が集まりました」という。

さらに、09年5月の日経BP社が運営する日経メディカルオンラインとの業務提携で約2万人の会員が増えたのを機に、新たな切り口のサービスとして10年5月からスタートしたのが「薬剤評価掲示板」である。薬剤評価掲示板は現在約2400種類の薬剤について、効果やコストパフォーマンス、副作用など会員による6項目の評価結果をレーダーチャート化し、処方実感として投稿されたコメントと併せて表示している。

「累計のコメント数は40万件を超え、1薬剤当たり平均160件以上となっています。医師は診ている患者さんの症状によって、専門領域以外の薬剤の使用を検討することがあります。そうしたとき、製薬メーカーから提供される情報とともに、このコメントに目を通すことで的確な判断が行なえるようになるのです。いわば薬剤版の〝食べログ〟のようなサイトです」と石見社長は語る。

いまや薬剤評価掲示板は、医師にとって欠かせない薬剤情報の収集ツールとなっており、今年6月にMedPeerの会員は10万の大台を突破した。日本の医師の3人に1人が利用していることになる。製薬会社の広告料が主な収益源なのだが、世界最大手のファイザーをはじめ主要製薬メーカーがクライアントとして顔を揃え、業績は12年9月期に初めて黒字化。また、14年6月には東証マザーズ市場への株式上場も果たしている。ただし、11年には20人いた社員が半分以下に減ってしまう厳しい局面もあった。「役員間の意見の対立や資金繰りなどで忙殺されてしまい、経営理念の具体化に向けたビジョンをどう描いているか、そして一人ひとりの社員にどのように行動してほしいと考えているのかを、自分の言葉で直接語りかけることが疎かになっていました」と石見社長は振り返る。

石見社長は、冒頭で紹介した「Health 2.0 ASIA-JAPAN」を今後も定期的に開催していく考えでいる。なぜなら「Supporting Doctors, Helping Patients.」の経営理念の実現に近づく一つの道であるからなのだ。また、知の共有と連携とともに、自身の経験に基づいた経営者に必須な要素を後進の若き起業家に伝え、日本のヘルステック分野における新しいビジネスの創造の礎の場に育てあげていくことだろう。