設立2期目に損益分岐点を下げて単月黒字
2016年3月に設立20周年を迎えるベネフィット・ワンの創業社長・白石徳生氏は「会社を設立した2年間で数十年に匹敵するような苦労をした」と回想する。
1996年設立の同社は2期目までは毎月2000万円の赤字が続き、この時点で清算される可能性もあった。「新事業は2年以内に単月黒字にする」という親会社パソナの社内ルールに直面していたのだ。累積損失も2年間で5億円近くに膨らみ、パソナでは「清算すべきである」との意見が有力になっていたという。
白石氏はこの難局をどう乗り切ったのだろうか。
当時はITバブルの勃興期で銀行融資が緩くなっていたため、融資で凌ぐ手段もあったが、白石氏は損益分岐点の引き下げに着手した。2年期目の上半期を終えた頃、パソナからの出向・派遣社員には復職してもらい、契約社員には事情を説明して退職してもらって、24人の社員を8人に削減したのである。
その結果、2期目の終盤には単月黒字に転じ、以降は福利厚生業務のアウトソーシングというストック型ビジネスの利点も活かし、リーマンショックで売上高が鈍化した時期を除けば、ほぼ順調に地歩を固めてきた。
白石氏はこのときに得た教訓を堅持しつづけている。
「安易に社員を増やしてはならないことを学び、これは今でも生きている。設立した子会社が黒字化しないと、現場から『人が足らないから採用したい』と申し出てくる場合もあるが、絶対に認めない。『赤字なのに損益分岐点を引き上げてどうするんだ?』と」。
上場以降の新規事業が営業利益の40%
しかし、早期の黒字化というベンチャー創業期の命題を乗り越えた同社も、債務超過という重荷を背負ったままだった。債務超過では事業に必要な資格免許を取得できない。そこで増資によって解消しようと検討し始めた矢先に、ベンチャーキャピタルが訪問してきた。VCは単月黒字の継続に着目したのだ。
増資は実行され、白石氏が「漠然と考えていた」という株式上場計画も具体化し、2004年にJASDAQへの上場を果たす。2年後には東証2部に昇格した。白石氏は「上場をゴールのように考える経営者もいるが、上場は次のステージに向かうスタートライン」と語るが、実際、同社は次のステージに向かった。JASDAQ以降、10の新規事業を立ち上げて9事業が軌道に乗り、この9事業が現在では営業利益の40%を占めている。
9つとも本業の周辺領域を事業化したのだが、それにしても成功率90%は凄い。その秘訣は責任者の選定にある。事業の成否は何をやったかではなく、誰がやったかで決まる。これが白石氏の持論である。
「同じビジネスモデルでも明暗が分かれるのは、人材の質が違うからで、そのビジネスモデルも開発するのは人である。ビジネスモデルが良かったからとか、市場が良かったからというのは、後付けの理屈に過ぎない」。
同社が新規事業の責任者を選定する基準は①みずから手を挙げること②何が何でもやり抜くという執着心を持っていること。当然、ビジネススキルも基準に含まれるが、白石氏はこう見ている。「スキルは環境のなかで培われるもの。私は若い頃から一流の経営者と接する機会が多かったので、その方々との会話のなかから経営の考え方やスキルを学んだ」。
10年間で経常利益が6倍に拡大
新規事業ではパーソナル事業、インセンティブ事業、ヘルスケア事業がとくに好調に推移し、2015年3月期の連結経常利益は33億円、今年度は43億円を見込んでいる。JASDAQ上場時の経常が8億円だったので、10年で約6倍に成長した。同社が実践した経営には、何が原理原則になっているのだろうか。
白石氏は4つを挙げる。第一に、変化できる者が生き残るというダーウィンの進化論の実践。第二に、絶対的な正義感を持って、正々堂々と事業に取り組むこと。第三に、会社全体のレベル感を高めつづけること。「電話対応の速い会社はオフィスも清潔で、そうしたレベル感の高い会社の多くは成長している」という。
そして第四に、誰かから必要とされる事業を行なうこと。「これをキレイごとと言う経営者もいるが、誰にも必要とされない事業が淘汰されることは自然界のルールである」と白石氏は強調する。
「現に倒産した大企業を見ても、その企業が存在しなくても社会が困らないから倒産している。急成長した企業はチヤホヤされたりしているうちに、つい自然界のルールを無視して、自分中心に物事を考えてしまいがちになるが、そうなると環境が変わった途端に淘汰されてしまう」。
白石氏は若手ベンチャー経営者から経営相談を受ける機会も多い。伸びる経営者と伸び悩む経営者の差異は「素直かどうか。素直な経営者は吸収力があるから伸びる。また、伸びる経営者は物事が上手くいかない原因を環境に求めず、自立した心を持っている」(白石氏)。
取材に訪れたベネフィット・ワンの本社オフィスは、凛とした空気感に満ちていた。これも白石氏が説くレベル感の現われだろう。